「アートを買うことは得しかない」 きっかけをくれた2人の存在と1つの作品 BANK代表 光本勇介

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広報担当の女性に案内され会議室に近づくと、その扉には本物の1万円札が貼られていた。

違う会議室には「HIDEYO」も。

 

お金がテーマの会社なので」。

そう言いつつ笑顔で現れたのは、目の前のアイテムが一瞬でキャッシュに変わるアプリ「CASH」、思い立ったらすぐに旅行に行けるあと払い専用の旅行代理店アプリ「TRAVEL Now」と話題のサービスを提供する株式会社バンク代表の光本勇介さん。

これらのサービスをはじめ、次々と斬新で新しいサービスを生みだす彼の一挙手一投足は、いま各業界から大きな注目を集めている。

そんな光本さんが実は数多くのアート作品を所有するほど、無類のアート好きだとはあまり知られていない。しかし、彼がSNSで自宅の一部を投稿する様子を拝見するだけでも、「あっ、この作品は……」「これって、もしかして!」と言わずにはいられないほど、アート好きにはたまらない空間が広がっている。その全てが気になり仕方がなかった。

光本さんはアートとどう向き合い、何を感じ、何を得ているのか。これまでアートについて多くを語らなかった光本さんに、アートを買うきっかけから、アートコレクションを続ける理由、そしてアートとビジネスの関係について話を伺った。

アートは“想像力や感性”を掻き立ててくれる存在

——光本さんのインスタグラムを拝見するたびに、そこに写る作品があまりにすばらしいものばかりで圧倒されっぱなしです。そもそもアートはお好きだったんですか?

若い頃からアートをはじめクリエイティブな世界に興味がありました。なかでも、大学時代にロンドンにある現代アート専門の美術館・サーチ・ギャラリーを訪れたときに「なんだこれは!」って。

——衝撃的な出会いがそこにあったと。

はい。そもそも現代アートって意味わからないじゃないですか(笑)。だけど、そういう意味のわからないものが、いくつも自分に押し寄せたとき「自分はこの世界にすごく興味があるんだ」と実感する瞬間があって。そこから現代アートに興味を持ち、定期的に美術館やギャラリーに通うようになりました。

——「よく分からない」と言われがちな現代アートの世界に、光本さんはどんどん魅了されていった。そこに惹かれる理由は何だと思いますか?

あまりロジカルにアートを見たり考えたり買ったりしないので、そこに理由を持つのは難しいですけど……、ただ、自分にとってアートはいろいろな想像力や感性を掻き立ててくれる存在のひとつのような気がします。

——そんな特別な存在であるアートを、いまは所有するようになったと。

そうなんです。僕はふたつのきっかけからアート作品を所有しはじめました。ひとつは、株式会社ZOZOの代表取締役社長・前澤友作さんとの出会いです。僕が2008年に創業した株式会社ブラケット(現:ストアーズ・ドット・ジェーピー株式会社)のときに作った、モデルのマッチングサービスに興味を持っていただき、コンタクトをとっていただいたことがきっかけで、前澤さんとの親好がはじまりました。

——前澤さんは言わずと知れたアートコレクターですよね。2017年にアメリカの現代芸術家・ジャン=ミシェル・バスキアの作品をオークションにて約123億円で落札したことは、当時大きな話題になりましたよね。

前澤さんのご自宅に伺うとそこには日本に限らず世界でもトップ級のすばらしい作品が数多く並ぶので、いつも感動されっぱなしで。その体験を重ねるうちに自然とアートに対する目が肥えていき自分もアートを買ってみたいとかこういう空間で暮らしてみたいと憧れを持つようになりました。

——アート所有のきっかけにあの前澤さんの影響があったとは。もうひとつのきっかけも気になります。

もうひとつは、私の中学時代からの友人の影響ですね。彼女はいま大手オークションハウスでアジア現代アート部門のトップを務めています。そんな彼女が4、 5年前に世界最大級の現代アートフェアーであるアート・バーゼル香港に誘ってくれたので「せっかくだから」と行ってみたんです。あれほどひとつの場所で世界級のアーティスト作品に触れる経験はそれまでなかったので、その体験がものすごく刺激的だったし、さらにアートに興味を持つようになりました。生まれてはじめてアートを買ったのもこの時でした。

——想像をはるかに超えるきっかけ過ぎて驚いています(笑)。アート・バーゼル香港ではじめて購入したアートを詳しく教えていただけますか?

アメリカ人アーティストのキキ・スミスの作品です。鏡の上にベールがかかる作品で「Veiled Mirror」という名前が付いています。ただ、このアーティストを事前に知っていたわけではなく、会場でものすごく惹かれてしまった作品がたまたまキキ・スミスでした。その瞬間的な感情から「せっかくの機会だし買ってみよう」と思ったんですよね。

——この作品が光本さんのコレクション第1号になったわけですね。

はい。僕の人生を変えた経験ですね。その作品を自宅に飾ってからは「アートと一緒に暮らすって、こんなにワクワクするものなんだ」と、なんだか心が豊かになるような感覚を抱いて。この体験から「多くの作品と一緒に過ごせたら、どれだけ刺激的でワクワクして、心が豊かになるのだろう」と思うようになり、それを思えば思うほど、もっと作品がほしくなってしまいました。

——アートのある生活に魅了されてしまったと。

もう、完全に。そこからは、アートに心を奪われ続けています。いまではアート・バーゼル香港をはじめ、ここ数年はスイスのアート・バーゼルやニューヨークのフリーズ・アートフェアにも毎年訪れ、そこで気に入った作品があれば購入していますし、オークションなどで気に入った作品を購入したりもします。

アートを買っても僕は何も失っていない

——作品を購入するうえでの基準などありますか?

一目ぼれで買うことが多い気がします。たとえば、ニューヨークのオークション会場でジョン・チェンバレンの作品を見つけて、「うわ、カッコいい」って心奪われたから買ったとか、もう直感です(笑)。世の中にはすばらしい作品が膨大にあるなか「これだ!」と感じる作品に出会う、その理屈じゃない感覚ってとても大切だと思います。

——現在、光本さんは何点くらい作品を所有されていますか?

キキ・スミスをはじめ、五木田智央、クリストファー・ウール、ジョン・チェンバレン、ジョージ・コンドなどの作品を30点ほど所有しています。

——名だたるアーティストばかりで、ため息がでます……。コレクションが増えていくことで、心に変化はありましたか?

作品ごとに得られているものが違う気はするけど、アートを購入していくうちに「アートを買うことって得しかない」と感じるようになりました。

——「アートを買うことは得しかない」って、めちゃくちゃ名言ですね!

本当にそうなんです(笑)。大抵の人はアートをモノとして見るし、アートを買うことを消費として見てしまいます。でも、僕からすると、たとえば1億円の現金を1億円の価値のあるアートと交換しているだけであって、僕は何も失っていない。なぜなら1億円の価値があるものが引き続き手元にあるから。それが単純に現金じゃないだけなんです。

アートを所有することで、こんなにも得るものがあって、こんなにも感じられるものがあって、こんなにも心が豊かになるなんて、いいことしかないじゃん! みたいなね。

——まさに発想の転換ですね。アートの価値について考えさせられます。光本さんのインスタグラムを拝見すると、自宅には多くの作品が並び、もはや美術館やギャラリーのような印象を持ちます。アートとの暮らしを念頭に住居を選ばれたりされたんですか?

そうですね。アートを飾る壁がほしかったので、地下フロアをまるまる借りました。そこを自分の好きな内装にした空間で住んでいます。

住む空間や過ごす空間には、すごくこだわりを持っているのでそれらの空間には惜しまず投資をしていますね。

既成概念から外れる存在であり続ける

——これまで光本さんは「CASH」や「TRAVEL Now」のような斬新で新しいサービスを次々と世に送り出しています。これらのサービスを生み出すアイデアとアートには何か関係があると思いますか?

あると思います。僕たちはスタートアップやベンチャーである以上、すでに世の中にあるものを提供しても意味がなく、世の中にない事業や価値を提供する使命があります。一方で、アートは枠やルールにとらわれることなく、アーティストの感性をさまざまなかたちで表現した結果です。僕たちのサービスや価値とアートは、世の中にない、つまり既存の概念から外れるという点で似ているような気がします。

——アートと光本さんのアイデアは密接な関係にあると。最近では『なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?』(SBクリエイティブ)や『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)など、アートとビジネスの関係について語る本が話題となり、年々その関係性が注目されていますよね。

その傾向はあると思います。一昔前は、みんな同じ考え方や行動をすることが当たり前だったし、ロジカルなサービスが評価される時代でした。でも、いまは個人が創造的な考えを持つことが重要視されてきたし、感性に訴えかけるサービスが評価される傾向があるだからこそ、いまの時代はロジカルでは到底説明できないようなビジネスやサービスが注目されている。

たとえば「TikTok」(ティックトック)なんて、その最たるサービスですよね。あんなのロジカルに作ったら絶対に生まれないから。そういった感性に訴えかけるサービスをマスの人たちが使って、莫大なお金が動いているわけです。その観点からすると、いまアートとビジネスは非常に親和性が高いと言えるし、これからはもっとその関係性に注目する人が増えてくるかもしれないですね。

——今後、アート関連の事業に進出する予定はありますか?

それはないですね。アートは投資として非常に儲かるアイテムかもしれないけど、そう見始めた瞬間にワクワクしなくなり興味が持てなくなる。あくまでアートは趣味としての存在なんです。ここ数年は「アートと暮らすことがこんなにも楽しいのか」と実感しながら生きているので、まずはそれをやりきってみたい。そして、もっと自分の知らない作品やアーティストと出会ってみたい。いまはそこに大きな興味を持っています。

旅で思考が整理され、アイデアは加速する 

——ILUCA編集部では、「心の波紋」を探るための「ILUCA カード」を用意しました。このカードでピンとくるキーワードはありますか?

旅かな……、国内外合わせて、年に20〜30回は旅行に行くほど大好きですね。

——20〜30回!? そうすると月に2〜3回は旅をされていると。

はい。週末にかけて国内やアジアの国に訪れることが多いですね。ただ、行く価値があると思ったら週末にアメリカやヨーロッパへ行ってしまいます。金曜日の夜に日本を出発して現地で丸2日過ごし、月曜の朝に帰国してそのまま出社するとか(笑)。この前はレジなしのコンビニエンスストア「アマゾン・ゴー」を体験してみたくて、週末でシアトルに行きました。

——かなりのハードスケジュールですよね。そこまでして旅をする理由はどこにあるのでしょうか。

旅は違う環境に身を置けるからリフレッシュできるのはもちろん、落ち着いてゆっくり考える事ができる。日本では平日も週末も同じ思考になりがちだけど、特に海外では思いつくことも多く、思考の整理もできます。普段より旅で思いつく量は圧倒的に増えるから、その点で仕事にも活かせることがたくさんあります。

——最近、若者の海外旅行離れが叫ばれるなか、光本さんは思い立ったらすぐに旅行に行けるあと払い専用の旅行代理店アプリ「TRAVEL Now」を提供するなど、実際に海外に行くことを重要視されているように思います。

やっぱり旅にはリアルな世界でしか実感できない価値や体験が数え切れないほどあるからいまはYouTubeやSNS、VR(バーチャル・リアリティ)など、テクノロジーを駆使すれば旅をするような体験は提供できるかもしれないけど、まだまだリアルには圧倒的に劣る気がしています。

——テクノロジーが進む一方で、最近はリアルな体験を求める声が多方面から聞かれますよね。

そうですね。2017年にアマゾン・ドット・コムがアメリカのスーパーマーケットチェーンのホールフーズを買収したように、いまECの巨人たちはリアル店舗で買うという体験的価値に注目しはじめています。この先、もっと何でもできてしまう世の中になる反面で、さらにリアルな体験が見直されていくかもしれません。そのリアルな体験として、旅の価値はもっと高まると思います。

執筆:船寄洋之/撮影:林ユバ/編集:柿内奈緒美

 

光本勇介

2008年、最短2分でオンラインストアを作れるサービス『STORES.jp』等を運営する株式会社ブラケットを創業、2013年にZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイへ売却。その後スタートトゥデイ社に対しMBOを実施、同月、ブラケット社取締役会長に就任。2017年2月株式会社バンク創業、2017年6月に目の前のアイテムを瞬間的にキャッシュに変えられるアプリ『CASH』をリリース。2017年10月に株式会社バンクをDMM.comへ売却。2018年6月にあと払い専門の旅行代理店アプリ『TRAVEL Now(トラベルナウ)』をリリース。2018年11月にDMM.com社に対しMBOを実施し、現在に至る。

 

 

Hiroyuki Funayose
Hiroyuki Funayose
ライター
鳥取県生まれ。アパレルメーカー、出版社を経て、現在はギャラリー運営のほか、ライター業、出張コーヒースタンドもおこなう。