JR上野駅の公園口を出て間もなく見える国立西洋美術館は20世紀を代表する建築家、ル・コルビュジエの日本唯一の建築作品であり、2016年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。現在、西洋美術館の開館60周年を記念して「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」が開催されています。建造物だけでなく絵画も多く遺したル・コルビュジエにフォーカスを当てると、彼を取り巻く出会いと彼の思想が見えてきました。
ル・コルビュジエの建築作品、国立西洋美術館に足を踏み入れてみる
収蔵作品数の増加に沿って渦巻状に増床する「無限成長美術館」という構想のもと設計された国立西洋美術館本館。増床こそ実現していないものの、展示室に入ってすぐ現れる19世紀ホールは、「無限成長」を象徴するらせん状の動線とスロープが印象的です。
2階のフロアへ行くには折り返しのスロープを辿ってゆっくりと昇っていきます。三角形に抜かれた天窓からは自然光が差し込み、なだらかなスロープによって天窓へと近付いていく感覚は静かな高揚感をもたらします。これがもし階段だったら、単純な「2階への移動」の範疇を超えなかったかもしれません。

画家・オザンファンとの出会いとピュリスム運動の立ち上げ
ル・コルビュジエは建築家として大成しましたが、そのバックグラウンドは美術にあります。美術学校で装飾美術を学び、恩師の勧めで建築の道へと進んだ彼がパリで1歳上の画家アメデ・オザンファンと歴史的な出会いを果たしたのは1917年、30代に足を踏み入れた年のことでした。オザンファンの影響を受け、それまでの表現主義的な水彩画の制作から、身辺のありふれたものを用いた静物素描や油彩画を制作するようになりました。

翌1918年に第一次世界大戦が終わると、秩序を取り戻そうとする世界の流れに呼応するように、二人は構築と総合の芸術として「ピュリスム」を提唱するようになります。ピュリスムは二次元と三次元を分け隔てることなく、絵画をひとつの空間として捉える概念です。「純粋」を冠した名のとおり、純粋に感じ取った色と形を掬い上げ、幾何学的な線に託しました。

二人はしばしば同じモチーフを向かい合って描いています。画家であるオザンファンは、画面上の二次元的な配列に才能を表しましたが、ル・コルビュジエは重量感のある三次元的な空間表現に関心を寄せ、二次元と三次元の境目を超越する作品を多く制作しました。会場には、互いに影響を受けつつもそれぞれの個性が表れた対の作品たちが並んでいます。
キュビスムとの出会いと仲間への思い
1921年、ル・コルビュジエはキュビスムの芸術家たちと交流を深めていきます。キュビスムはパブロ・ピカソに代表される、20年ほど早く興っていた芸術運動です。ピュリスムの新しさを際立たせるため、ある種戦略的にキュビスムを批判していた彼らでしたが、やはり戦後にはキュビスムにも秩序ある作風が多く見られるようになり、両者は邂逅を遂げました。
位置関係や線を共有し、複数の物に相互関係やリズムをもたせるキュビスムの手法は絵画だけでなく、ル・コルビュジエの建築にも影響を与えることとなりました。


今回の展示の大きな特徴として、展示室内の照度が全体的に上げられていることがあります。通常は美術作品の保護のため、展示室内は直射日光を避け、薄明かりとスポットライトで照らされています。しかし当初の計画では天窓からの自然光が作品を照らし出すような設計がなされていました。

もとは近代の美術館として建てられた国立西洋美術館。ル・コルビュジエは同時代の仲間たちの作品がこの空間に展示されることを想像し、光に満たされた空間を作りたかったのではないでしょうか。
オザンファンとの別れ、建築家としての大成
1922年頃になると、財政難によって休刊を余儀なくされた『エスプリ・ヌーヴォー』と対照的に、ル・コルビュジエは建築家としても徐々に名を知られるようになります。それに伴い、オザンファンとの間にも距離が生まれ、それは亀裂へ、溝へと変化していきました。
1925年に開催されたパリ国際装飾芸術博覧会で「エスプリ・ヌーヴォー館」というパヴィリオンを立てるプロジェクトはピュリスム運動最大の成果となり、また二人のすれ違いを決定的なものにしました。オザンファンが『エスプリ・ヌーヴォー』の編集から離れる形で、ピュリスム運動は終焉を迎えました。

『エスプリ・ヌーヴォー』終了後の1926年以降、ル・コルビュジエは国際的にも建築家として名を馳せます。そして1930年に妻をもつと、絵画のモチーフとして女性が多く登場するようになりました。重量感溢れる「曲線美」への関心がうかがえます。
そして自然風景も多く描かれています。表面的には混沌としていながらも、その奥には幾何学的な構造を内包する自然は、幾何学とともに以後のル・コルビュジエにとって大きなテーマのひとつとなりました。
幾何学と自然、人間との関係性は絵画のみに留まらず建築の領域にも影響を与えました。曲線と直線の組み合わさった洗練された美しさ、そして滞在する位置や体験によって景色が変わる複雑さをル・コルビュジエは建築に取り入れました。

今回のル・コルビュジエ展では絵画や彫刻、プロダクトなどル・コルビュジエが生前に遺した数々の作品が展示されていますが、国立西洋美術館という建物自体がひとつの作品でもあります。ときにはフロアの中央に立ったり、少し後ろへ下がったりして作品と建物が生み出す空間を体感してみてください。
執筆:吉澤瑠美 / 撮影:林ユバ / 編集:柿内奈緒美
【展示会 概要】
国立西洋美術館開館60周年記念
ル・コルビュジエ 絵画から建築へ ー ピュリスムの時代
会期 | 2019年2月19日(火) 〜 5月19日(日) |
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開館時間 | 午前9時30分 〜 午後5時30分(毎週金曜日・土曜日は午後8時まで)
※入館は閉館の30分前まで 休館日:毎週月曜日(ただし3月25日、4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火) |
会場 | 国立西洋美術館 本館 |
料金 | 一般 1,600円 大学生1,200円 高校生800円 中学生以下は無料 |
公式サイト | https://www.lecorbusier2019.jp |
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