今日、あなたはどんな道を歩いただろう。どの建物の角を曲がり、いくつの信号を渡り、道には何が落ちていただろうか。「そんなことはいちいち覚えていない」
そう答える人もいるかもしれない。「そんな、おもしろくもないこと」
国内外で数々の写真賞を受賞し、世界中から注目を集める写真家・水谷吉法。
彼の目に映る世界は「おもしろい」ことに満ち溢れている。
河原の虫、野生化した外来種の鳥、蔦の絡まった家、雨の大通りを横切る傘たちーー。東京という都会の中に、郷里にも似た自然風景を見出しては写真に収める。
「こんなおもしろい写真、よく撮りましたね」と私たちが驚かされる作品は、意外にも私たちの暮らす街で生まれている。
彼はなぜ写真を撮るのか、彼の目には何が映っているのか。言葉少なに話す中にも、彼の思う「おもしろい」が垣間見えるインタビューとなった。
日々の何気ない景色にも発見がある、だから写真はおもしろい

——写真との出会いは20代に入ってからと伺いました。10代の頃は写真との接点はなかったのでしょうか?
なかったです。高校まではサッカーばかりやっていました。高校卒業後、18歳で東京に出てきたんですけど、大学に入っても好きなことが見つからなくて。就職活動も、合同説明会が肌に合わなくて逃げたんです。嫌いなことから逃げたら、写真にたどり着いたっていう(笑)。
——学生の頃は何か表現活動をしていましたか?
それがまったくなくて。いまだに人と喋るのも苦手です。
大学生の頃、本屋でバイトしてたんですよ。それでたまたまロバート・フランクの写真集と出会いました。それをきっかけに卒論でアメリカのビート・ジェネレーションを扱って、アメリカの写真をいろいろ見るようになって……それで興味を持って、フィルムカメラを買いました。
——いきなりフィルムカメラですか?時代的にはデジカメもありましたよね。
写真を学ぶならマニュアルのフィルムカメラのほうがいいと思ったんです。構造や露出、シャッタースピードについて知るために、勉強も兼ねて。写真にも興味を持ったし、就職もしたくないし、「写真家になりたいから写真学校に行かせてほしい」と大学卒業後に親を説得したのが始まりですね。
——急激に舵を切りましたね……何が水谷さんをそこまで動かしたのですか?
写真家の自由さみたいなものに憧れたのかもしれないですね。転々と旅しながら、その土地で目にしたものを切り取っていく自由さ。僕もそういう写真が撮れればと思うんですが、いざやってみると、身の回りのものしか撮らない(笑)。ずっと東京で撮っています。
写真を始めた当初は撮ることがすごく楽しくて、写真学校に入った頃はもう目につくものを何でも撮っていました。あとロバート・フランクのものまねで、寝てるおじさんだったり、歩行者を撮ったりとか。
——写真の楽しさ、面白さとは何でしょう。
写真を撮っていると日々何気ない景色にも発見があって、そこがおもしろいです。いまだにそれは変わっていません。僕はよくInstagramに写真を上げているんですが、その写真も世界がおもしろいから反応して、それで撮っている感じです。
作品づくりはその中から「こういう風に見よう」と作品テーマを決め撮っていきます。写真学校時代はあまりテーマを決めず1年ぐらい撮り貯めながら過ごして、先生や仲間に見せながら作品にしていました。
撮るときは無意識、街にカメラと身体でぶつかっていく

——モチーフが独創的ですが、どんな時にカメラを向けようと思うんですか?
作品は撮影前にどのように撮るかを考え撮影に臨みますが、普段、街に出て撮るときは、無意識の状態なんですよね。カメラと身体でぶつかっていって、見つけた瞬間パッと撮るような感じで。散歩をしながら撮っているときは、ほぼ無意識ですね。あまり多くは考えていません。
アイデア集めも同じような感覚です。たとえば僕の《Rain》というシリーズは、たまたま渋谷に洋服を買いに行ったときに、展望台に上ってみようということになったんです。その日はちょうど雨が降っていて、横断歩道の上を傘が動いていくのが「おもしろいな」って。雨だからこそ見えるというか、雨の世界を意識して見たことがなかったので、もっと雨の世界を知ってみよう、知りたい、という感じで生まれました。
——《Rain》をはじめ、水谷さんの作品にはしばしば縦アングルの写真が登場しますね。写真といえば横アングルのイメージがありましたが、何か理由があるのでしょうか?
イメージや被写体に応じて構図やアングルを決めていますが、ケータイの撮り方に慣れているというのも関係しているのかな。初めて持ったカメラは中学3年生のときのケータイのカメラなので。世界って横に広げると情報量が多くなりがちなので、縦アングルにしてかなり抽象的な写真、情報量の少ない写真にすることが多いですね。そのほうが、僕の作りたいイメージに近いんです。あまりうるさい写真は好きじゃない。
テーマは「都市と自然」。日々の風景に違う世界を見てみたい
これは昔住んでいた三軒茶屋での話ですが、自宅近くの大きな欅にこれが数匹ぐらいで毎回来ていて、「これは何だろう?」と思ったのが始まり。
——この色の鳥がですか?それはたしかに気になりますね。
ネットで調べたり近所の人に聞いたりしたら、外来種のインコが野生化して都会で群れをつくって暮らしていると知って。これは大岡山の東工大で撮りました。1年ぐらい撮っていたんですかね。
僕の中のテーマは「都市と自然」なんです。僕は福井県勝山市という自然豊かな所で育ったので、いざ作品をつくろうとなると公園に行ったり河川敷に行ったりしますね。以前、二子玉川に住んでいたときに撮り始めた《YUSURIKA》というシリーズがあるのですが、ユスリカという虫をいろんなストロボ、いろんなレンズを使って撮影した結果「カメラだから見える世界」みたいなものがひとつ表現できたと思っています。「ストロボを焚いたらこういう世界になるんだ」とカメラから教わったような感覚です。
——先ほど「身の回りのものを撮っている」というお話がありましたが、ここに映し出されている世界は見たまま、ありのままの風景とはまた違った印象ですね。
違う世界を見てみたいというか、新しいイメージに貪欲なところがあるんだと思います。カメラを使用し新しい世界観や新しい視点、それを見たいがためにいろいろと工夫してみています。
最新作の《HDR_nature》という作品では、カメラに内蔵されているHDR(ハイダイナミックレンジ)撮影という機能を使用して制作しました。HDR撮影は露出の異なった3枚の写真をカメラが自動的に合成し、より明るさの幅が広い、僕らの目に近い写真を表現できる機能です。

この撮影では、説明書にはブレちゃいけないって書いてあるんですけど、それを僕はたまたま失敗して、こういう写真ができてしまった。それならこういう世界も作れるんじゃないかとか、新しいイメージを作れるんじゃないか、って。失敗のおかげできっかけを得てできたのがこの作品です。
カメラが勝手に合成してくれる、そこがおもしろいなと思って。実際、撮影者である僕の視点や切り取り方も表れるんですが、僕自身も撮っていて最終的にどんな画が出来上がるのか分かりません。これは僕の中でも実験的というか、不思議な作品ですね。
「都市」は今住んでいるのもありますし、「自然」はルーツ。その2つが僕の中では大きいテーマというか、被写体ですね。東京には物や人が溢れているので飽きないですし、こういう作品になるアイデアもあるから、写真を撮るには良いと思います。どこに行っても写真を撮り続けるとは思いますが。
見る人の感性は操作できない

——水谷さんはパリやバルセロナ、香港など海外でも精力的に活動されていますが、海外展開に対する強い意志や狙いがあってのことだったのでしょうか?
写真学校に入って、課題提出のためにFlickr(写真共有サイト)に写真をアップするようになったんです。そうしたら海外の方から「君の写真を雑誌に使わせてくれないか」と連絡が何度か来るようになって。
僕が学校を卒業してすぐの頃、「Lens Culture」と「Foam Magazine」という海外の賞に出品したらたまたま入賞して、それでどんどん連絡が入ってきて。問い合わせも、展示もほとんどが海外です。
——日本と海外で反応の違いはありますか?
撮っている場所が東京なので「日本っぽさを感じる」と言われることはあります。色使いに関しては、日本はどちらかというとしっとりした質感の作品が多いですが、僕の写真はすごく軽快で「イラストみたいだ」とよく言われます。でも反応の違いはそこまで感じないです。

——日々撮られている中で、写真以外にインスピレーションを受けるものはありますか?
ここ最近は他人の写真も見ないからな……美術館も行かないし。昔は結構行っていましたが、ここ3年はまったく。身の回りのもの、見たもの全部が僕のインスピレーションではあると思います。
——ILUCA編集部で「心の波紋」を探るための「ILUCA カード」を用意したのですが、この中にインスピレーションを起こすものはありますか?
何だろう……「PRODUCT」ですかね。この辺に小さい雑貨屋が増えているんですが、陶芸屋さんにハマっていてよく買います。何を買うかもまったく決めずに行って、直感で。店に入った瞬間「これいいな」と思ったものを買わないと気が済まない。結構いろいろ見ても、結局そこに来ちゃうときってありますよね。
——直感を大切にするところが、写真を撮るときと似ていますね。
そうですね、写真的なのかも。
インタビューを終えて、私たちは水谷さんと一緒に近所の散策に出かけた。カメラを持って外に出た水谷さんは、水を得た魚のように活き活きして見えた。公園、交差点、居眠りをする猫、道路標識。カメラを構えた水谷さんは、街にどんどん入り込んでいく。何の変哲もない景色にレンズを向ける、その背中は楽しそうだ。
彼にとって、写真とは世界と交信する手段なのかもしれない。散策する間も、水谷さんは話すようにシャッターを切る。言葉少なに見えた先ほどまでの水谷さんとはまるで人が違うようだ。春には新たな作品の発表が控えているという。水谷吉法が次に何を語ってくれるのか、私たちは言葉ではなく写真を待っていようと思う。
執筆:吉澤瑠美/撮影:橋本美花/編集:柿内奈緒美

水谷吉法
1987年、福井県生まれ、東京在住。日本大学経済学部卒業後に、東京綜合写真専門学校で学ぶ。2013年にJAPAN PHOTO AWARD、2014年にFoam Talent、Lens Culture Emerging Talent Top50を受賞。東京(IMA gallery)、ロンドン (Webber gallery)、チューリッヒ(Christophe Guye Galerie)、アントワープ(ibasho gallery)、北京(aura gallery)、ミラノ(mc2 gallery)、パリ(パリ日本文化会館)など世界各地で個展を開催。「Tokyo Parrots」(2014)、「Colors」(2015)、「HDR_nature」(2018)など計6冊の写真集を刊行。
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