キノ・イグルー 有坂塁「日常に映画がある楽しさ」そして、アップリンク吉祥寺が発信する映画館の可能性。

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2018年12月にオープンした『アップリンク吉祥寺』をご存知だろうか?

すでに足を運んだ人も少なくはないはず。さまざまな仕掛けと遊び心にあふれ、吉祥寺の街で話題の映画館となっている。

また移動映画館として活動するキノ・イグルー代表の有坂塁さんは吉祥寺の住人だ。

従来とは違った視点で映画の楽しみ方を伝え続けている有坂さんが感じる『アップリンク吉祥寺』の魅力や日常の中で映画を通して人生を楽しむことについて話を伺った。

アップリンクの入り口で。PARCOの地下2階へ降りるとそこには“ワクワク”を体感できる空間が待つ。
目が覚めるほどの真っ青なトンネルに吸い込まれてしまいそう。デレク・ジャーマン監督『BLUE』をイメージしてつくられた。

ミニシアターコンプレックス、アップリンク吉祥寺は、映画を観る体験を特別なものにする映画館として吉祥寺PARCOに昨年12月にオープンした。国内屈指の音響メーカー、田口音響研究所がアップリンク吉祥寺のために開発した究極の平面スピーカーを全スクリーンに導入するなど音響にこだわり音源の可能性を最大限に引き出している。異なるデザインコンセプトのスクリーンを5つ備え、バラエティに富んだ劇場で映画ファン向け作品からファミリー向け作品まで多種多様な映画を上映。またギャラリーや映画関連グッズを販売するマーケット、こだわりのフード&ドリンクを提供する飲食カウンターなど、さまざまなアプローチを施している。

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吉祥寺に暮らして8年。映画館の存在がこの街をさらに面白くしていく。

もともと都内で生まれ育ったという有坂さん。8年前に吉祥寺へ引っ越して来た。「近くて遠い場所だった吉祥寺。ちょうど不動産屋に出ていた物件が目に止まって。直感ですぐに決めました」という。「吉祥寺に呼ばれた」と言えるほど、この街とフィーリングが合ったのだという。

——ご自身が住んでいる吉祥寺の街に新しい映画館、アップリンクができると聞いたとき、どう思われましたか?

それこそ吉祥寺にはいくつか映画館が存在するのですが、バウスシアターという歴史ある映画館が2014年に閉館したときは非常にショックでーー。爆音映画祭という尖った企画もやりながら、夏休みにはドラえもんを上映するようなバウスシアターのバランス感覚が好きでした。昨年の冬、吉祥寺にアップリンクができると聞いて、どれだけテンションが上がったことか! 

——アップリンクが有坂さんの気持ちを押し上げたのですね。

オープンの日にはここで5本、映画を観ました。朝10時頃から夜の9時頃まで見っ放しでしたね。(笑)。平日だったので、それほど混雑なく落ち着いていて。でも心の中はひとりワクワクして楽しんでいる自分がいました。住んでいる街に、カバンも持たずに行ける映画館があるなんてとてもいいじゃないですか。昔の人が映画館に行くときはこんな感覚だったのかなって思います。

映画を1本もみなかった思春期。「映画は簡単にみてもらえない」という原点から移動映画館が生まれた。

——ほぼ毎日映画を観るという有坂さん。幼い頃から映画に接してこられたのですか?

僕は19歳の頃まで、映画を2本しか観ていません。中学、高校時代は1本も映画を観ていないんです。7歳の頃、『The Goonies』に出会って初めて映画が面白いと感じたものの、その後に連れて行かれた映画館で観た『E.T.』が怖くて入り込めず、双子の兄と走り回って叫んでいました。「二度と映画は観ない!」と。僕が映画を嫌いになったのはスピルバーグのせいです。(笑)。19歳で映画と再会してからは、こんなに面白いものだったのかと再認識しのめり込みましたね。

——現在は、移動映画館という仕事をされて、有坂さんの考える映画の在り方とはどのようなものでしょう?

「映画は映画館で観るもの」という固定概念がみんなどこかにあると思うんです。16年前にキノ・イグルーを始めた頃は、まだ移動スタイルではなく小さな映画館でフィルム上映をしていました。何度かやるうちに声をかけてもらえるようになって、DVDを用いてカフェやギャラリーで上映するようになっていきました。映画館だけではない映画の楽しみ方があったっていいじゃないかって思いが芽生えたんです。もちろん、映画館も大好きなので両方の良さを理解しながら伝えていくことが大事です。

——思春期に、映画にのめり込まなかったことで見えてきたものがあるのでしょうか?

僕は、映画が嫌いでした。移動映画館を今やっているのは「映画はそんなに簡単に観てもらえない」という原点があるからなんです。映画が好きだからわざわざ映画館へ行くのであって、映画に興味がない人は映画館には行きませんよね? せっかく面白い、素晴らしい映画を上映していても観てもらえないのでは意味がない。僕のように映画で人生が変わった経験をする人が一人でもいたらいいなと思うし、映画もファッションや音楽のように、映画館という枠を超えて新しく、面白いことができると思うんです。

日本で最大級のフライヤー棚。次回どれを観ようか“ワクワク”せずにはいられない。
“マーケット”と呼ばれるグッズショップ。上映映画関連の書籍や小物、Tシャツ、人形まで幅広い。

 

マニアックもメジャーもどんどん境界線がなくなっている。定義できない面白さがアップリンク吉祥寺の魅力であり可能性。

——アップリンクと他の映画館の違いはどういったところでしょうか?

僕がいいなと思うのが、いわゆる「マニアックな映画やっているよね」と言われる映画館です。マニアックもメジャーも、どんどん境界線がなくなって行っている時代なのに、まだそれが通じてしまうアップリンクは、実際にどこでもやっていないような映画を上映しています。でも逆に、マニアックな映画館だから行かないという層もいるわけです。「わたしの世界じゃない」と思っている人が、PARCOの地下へ降りたら、そこにいるだけでワクワクするような異空間に引き込まれてしまう。ヨレヨレのゴジラのTシャツを着た映画ファンがいるような、ピリピリした空気が漂うようなコアな映画館ではなくオープンな空間設計で誰もが来やすい、けれども普段は出会えないような映画をやっているのがここアップリンク吉祥寺のよさだと思います。

——アップリンク代表の浅井さんは『場』の力に魅力を感じて人が集まるとインタビューでお話しされています。普通の映画館とは違った雰囲気を感じずにはいられないアップリンクですが、有坂さんにとってどのような場なのでしょう?

シネコンではない、でも今までのマニアックな映画館とも違う定義できない場だと感じています。まずPARCOの地下にある映画館という不思議さがあり、だからみんな自分で足を運んで確認したくなります。人に話したくなるんですけど、自分で確かめてみないことにはわからない。でも一度来たらかわかるということでもない。定義できないところが面白いというか、不思議な引力がある今までにないバランス感覚で、いろんな可能性がここにはあるのではないでしょうか。僕自身これからもっと、知りたくなるんじゃないかな。

——有坂さんが思うアップリンク吉祥寺の最大の魅力はなんでしょうか?

「ワクワク感」ではないでしょうか。映画のセレクトもそうですし、内装の遊び心やスクリーンの作り込み、音響、フードやマーケット、働く人たち、ここで偶然知り合いに会ったり、それこそ浅井さんにバッタリ会ったり、色々な刺激があります。アップリンクができたことで、街の中での会話に“アップリンク”の単語が度々出ているのが聞こえてきます。アップリンクが吉祥寺にできたことがこの街のひとつの大きなニュース。そういう風に映画が日常で話題に上るとうれしいです。例えばですが、とくに映画に興味もなくたまたまアップリンクに立ち寄った人が、なんとなくドイツ映画を観たとして、それがハッピーエンドでもなくバッドエンドでもないよくわからない終わり方でそのことについてずっと考えていたとします。最終的に「わからないままでもいい。こういう映画の見方もあるんだ」ということに気づくことができるような、そんな映画館じゃないかと。それぞれの人の日常の中で映画を存分に楽しめると思います。

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「日常を楽しむこと」。直感や心の動きに身を任せれば、自分らしさに近づける。

僕は映画を通して「自分らしくいられる社会」が当たり前になるといいなと思っています。自分らしさというのは難しいものですが、みんな普段からいろんな自分を演じ分けているはずです。例えば「お母さん」である自分で常にいなければならない、というような。僕は「あなたのために映画をえらびます」という活動をしていますが、1対1の個人面談で日常のこと、苦手な人や旅した国の話を聞いたりしてその人のために5本の映画を選んでいます。話を聞く中で “意識で縛られている人”はとても多いと感じます。自分らしくいられる社会は、いろいろな意識から解放されること。直感や心が動いたときに何かをやる、というのが自然だと思います。

——人は、社会で生きていく中で「意識」に縛られて自分らしさを閉じ込めているのかもしれません。

まず「日常を楽しむ」ことから始めることです。僕は、1分単位で「楽しい」と思うことを選択するようにしています。1日をどういう風に「楽しい」瞬間を積み重ねられるかられるか。社会の空気を変えるという問題はどう考えても難しいじゃないですか。会社では上司の顔色を伺ってコミュニケーションを図るといった上下関係があるのかもしれないけれど、そもそもお互いにいい仕事をしたくて会社にいるという本質がありますよね。そういうところから考えれば、コミュニケーションの仕方は変えられる。自分を見つめ直すことから始めなければ、何も変わっていかないと思います。まずは日常を楽しんで、自分が自分らしくということです。

有坂さんは、なんて自然な人なんだろうーー。普段からカフェでおしゃべりをしているような雰囲気に包まれ、不思議と自分の話をしてしまう。まるで有坂さんの「日常の中」にすんなりと溶け込んでしまったような感覚だ。有坂さんが伝えたいこと、それは人が抱いてしまう少しの違和感や小さな固定概念を、映画を通じて解放したいという思い。そして日常を、人生を「思いきり楽しんで!」というメッセージ。これまで数々のイベントを重ねられた経験は、図らずも目の前だけではなく、その先まで人が心から楽しんで、喜んでくれる姿を想像し、創造してきた結果なのだろう。キノ・イグルー、そして新たに生まれた映画館は、これからも映画をより身近に「もっと楽しもう!」と発信し続けてくれるだろう。

執筆:林真世/撮影:橋本美花/編集:柿内奈緒美

有坂塁/Kino Iglu キノ・イグルー

2003年に有坂塁が渡辺順也ととも設立した移動映画館。 東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映している。2016年からは映画カウンセリング「あなたのために映画をえらびます」や、思いついた映画を毎朝インスタグラムに投稿する「ねおきシネマ」をおこなうなど、自由な発想で映画の楽しさを伝えている。

HP http://kinoiglu.com

Instagram https://www.instagram.com/kinoiglu/?hl=ja 

UPLINKの意味は衛星と地上基地の通信を指します。地上基地から衛星へ電波を飛ばす事をUPLINK。衛星から地上基地へ電波を飛ばす事をDOWNLINKといいます。

1987年会社設立。1993年、映画の配給会社としてスタート。

最初の配給作品はデレク・ジャーマン監督の『エンジェリック・カンヴァセーション』。その後、映画の配給に留まらず、配給作品をビデオ化し独自ルートでの 販売を行う。またイギリスのテレビ局BBC、チャンネル4などと共に、ジャーマン監督の『ザ・ガーデン』『エドワードII』『ヴィトゲンシュタイン』 『BLUE』の共同製作を行う。映画以外では、テレビ・ドキュメンタリー、連続テレビドラマ(CX『90日間トテナム・パブ』)などを手がける。

アップリンク吉祥寺

営業時間 10:00-21:00
住所 東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1パルコ地下2階
tel. 0422-66-5042
公式サイト https://joji.uplink.co.jp/

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Mayo Hayashi
Mayo Hayashi
ライター
福岡県生まれ。飲食業を経て、ライター業へ足を踏み入れる。さそり座のAB型。文字を書いて人の魅力を伝えることが生きがい。ONIBUS COFFEEのHPでコラムなどを執筆中。