東京、世田谷、駒沢——。ここに『SNOW SHOVELING』というちょっと変わった名前の本屋がある。「本屋なのに雪かき?」。駒沢通りの深沢不動交差点からほど近く、そうと知らなければ見過ごす人もいるであろう、ビルの2階にひっそりと存在している。扉を開けると、昼間にも関わらずうす暗く独特な雰囲気の空間が広がる。テーブル、ライト、椅子、壁面の絵画、書籍……それぞれが一つひとつしっかりとした意思を持ち、なおかつ定位置に収まっている。そんな想像を掻き立てられる、SNOW SHOVELINGを営む店主の中村秀一さんにお話を伺った。


自称“出会い系本屋”とは?
中村さん自身、SNOW SHOVELINGを自称“出会い系本屋”と呼び、本を読むだけでなく人との交流、おしゃべりを歓迎している。コーヒーが飲めて、ソファでゆっくりして、ひとりの時間を楽しむのももちろん”GOOD!”。だがそこに、人と人が自然とコミュニケーションをとってしまう仕掛けが隠されているとしたら?

——素敵な空間ですね。こちらはいつ頃から始められたお店なのでしょうか?
2012年9月に始めました。自分発信の仕事をしようと、それまでの経験やスペックを考えずに子どもの描く夢を並べる感じで、何をやりたいかを考えて書き出しました。その中の一つが、本屋だったんです。

——自称“出会い系本屋”ということですがどういうところが“出会い系”なのでしょうか?
僕は、ここへ来る人に対して常にオープンマインドでいます。その暗喩というか、ドアに “ここは安全な場所だよ”とメッセージを書いています。いわばこの空間は「安全地帯」。初めて来た人でもかしこまらず自由に過ごしてほしい。コーヒーを飲んでもいいしおしゃべりをしてもいい。でも見ず知らずの人がソファの向かいに座っているとしたら。初対面ではなんとなく話しかけられませんよね。もちろん、ずっと黙って本を読んでいて構いません。それは個人の自由です。でも、本能的に人は人と出会うと自分を発信したいものです。僕はそれをここでは発散させていいと思っています。このソファのレイアウトは、人が向き合うようになっていて視線を中央に寄せている。「あなたはその人に話しかけていいんだよ」という演出なんです。安全地帯だから、安心してねと。僕は、そっと見守っているだけです。——ここにある箱をちょっと開けてみてください。

——わっ!オルゴールなんですね。音が鳴って驚きました。
はい。お菓子を入れる箱なんですけど。こういう風に何気なく置いてあるものが予想外の反応をするとびっくりしますよね。ただのおもちゃですが、たったこれだけで話すきっかけになるんです。そこからふたりは安心して喋れるようになります。不思議でしょう。なるべく自然のせいに、偶然を誘発するようなそういう仕掛けをさりげなく散りばめています。ここでは制限をとくに設けていません。なんならお見合いをしてもいいんですよ(笑)。
“文化的雪かき”を誰かがやらなくてはならない。だから僕がやっている。
人と人が自然とコミュニケーションをとってしまう仕掛けが隠され、中村さんのユーモラスな人柄を垣間見たように感じた。つづいて屋号の由来について伺った。
——なぜ屋号を『SNOW SHOVELING』と名付けられたのでしょうか?
『ダンス・ダンス・ダンス』という村上春樹の小説の中に出てくる“文化的雪かき”というキーワードをもとに名付けました。コピーライターである主人公は、“誰かがやらなくてはならないのだ”と、文章を書くこと=“文化的雪かき”だと比喩表現しているんです。文章を書くという文化的な行為を、フィジカルな雪かきに例えている。僕は村上春樹の小説が好きなんですけれど、この言葉に感銘を受けて。誰もができることであり、誰もがやりたがらないこと。そして誰かがやらなければならないことは、確かにあるなと。
“僕は仕事のよりごのみをしなかったし、まわってくる仕事は片っ端から引受けた。期限前にちゃんと仕上げたし、何があっても文句を言わず、字もきれいだった。仕事だって丁寧だった。他の連中が手を抜くところを真面目にやったし、ギャラが安くても嫌な顔ひとつしなかった。〜中略〜と言われれば、ちゃんと五時半には仕上げた。書き直せと言われれば六時までに書き直した。評判が良くなって当然だった。雪かきと同じだった。雪が降れば僕はそれを効率よく道端に退かせた。『ダンス・ダンス・ダンス』より引用”
——本屋を営むことも“文化的雪かき”ということでしょうか?
そうですね、あくまでメタファーですが。本屋は斜陽産業と言われて久しい。儲からないし誰もやりたがらない仕事のひとつではないでしょうか。でも街には本屋があったほうがいい。すでに多くの街の本屋が潰れていって、これからも淘汰は進むと思います。本はプロダクトとして価値が上がり、インフォメーションは電子化される。もはやされていますがさらに加速すると。とくに今はモノ消費からコト消費の時代。僕は「ヒト・モノ・コト」との出会いを楽しめる場所としてSNOW SHOVELINGを営んでいます。
——大手の書店には人が集まりますし、従来の本屋のイメージを変えていくことや若い人を呼ぶことも大事でしょうね。
昔の本屋は全然オシャレではなかったけれど、今は代官山の書店でコーヒーを飲みながら本を読むことが若い子にとってカルチャーとして定着していますよね。僕は、駒沢公園でスケボーをしているシティボーイがここへ来て、「本読むのってカッコいいじゃん」と思ってほしい。僕は電車の中でスマホではなく本を読んでいるあなたは「誰よりもカッコいいしオシャレだ!」と思うし、本を読む=オシャレというひとつの景色をつくろうとしています。だから僕がやろうと思ったんです。

本とアートが、想像力と思考を生む。人が自由に想像力を広げることができれば社会は変わっていく。
——本の魅力とは何か、中村さんの考えを教えてください。
「想像力」と「思考」だと思います。ネットで検索すれば、答えはすぐに見つかります。けれど本は、一言一句同じものを読んでも人によって違う映像が立ち上がり、何通りもの物語が出来上がります。本を読むことで、考えるじゃないですか。それに本や物語を好きな人って、結果を求めていない。結果しか得られないネットとは大きく異なります。今は白か黒か簡単に結論を出す世の中でグレーやエラーを受け付けない時代。みんな、世間で起こるニュースやゴシップなどの他人事に当事者でもないのに「誰が悪い」と平気で言いますよね。僕は、何事も想像力でしか解決できないと思います。相手の立場に立って考えること、想像力と思考がこれからのクリエイティブな時代には重要なのではないでしょうか。それに、本を読む人は想像力が豊かで“モテる”と思いますよ(笑)。
——什器スタンドに言葉が書かれたカラフルなカードが並べられていますね。
これはオリジナルで著名な人物の「格言」をカードにしたものです。5枚300円で販売しています。人物の名前とプロフィール、そして格言をプリントしています。「言葉を買う」ってちょっと誇らしいと思いませんか?「昨日、言葉を買ったんです」って言ってもらえるとうれしい。現象として、素敵だと思って。格言は短い文章に集約されていろんな視点が発見できて勉強になります。
——言葉や本は、わたしたちを助けてくれる存在でもあります。
格言のような短い言葉もそうですし、誰かからハッと気付かされた言葉、好きな小説家から学びとった言葉、人によりさまざまだと思います。本もそう、一つ好きな物語があるとそれはその人の指針、灯台になるんだろうと思います。苦しいときにも目の前を照らしてくれる存在になる。それは人にとって、食べるものと同じように生きることに大切なものだと思います。
——アートに以前から興味があるという中村さん。とくに現代アートが好きだということですが、好きになったきっかけはありますか?
単純に、ジョン・レノンが好きでパートナーのオノ・ヨーコを知って、そこから始まって。それは高校生くらいなんですけど。彼女の作品の一つに、梯子を上ると天井から虫眼鏡がぶら下がっていて、それを覗いたところに小さく「YES」って書いてあったというものがあるんですけれど。「なんだそれ!」って。彼女はインタラクティブアートと呼ばれるものをやっていてそれが面白かった。
——なぜ現代アートに惹かれるのでしょう?
考えられるからでしょうか。「ああ、きれい」から始まっていない。鑑賞者に対して、疑問を抱かせる。現代美術家のレアンドロ・エルリッヒが特に好きですね。エルリッヒは錯覚や既成概念みたいなものをあえて作り込んでいます。「なんだろう」から始まって、鑑賞している間から家に帰ってもそれを深く考えられる。アカデミックなことは置いておいて、そういう現代アートの面白さに惹かれます。思考できるという点では、本もアートも同じですね。
心の波紋を感じる「ART」の存在、ほんとうに大切な「WORD」とは
ILUCA magazineでは、心の波紋をキーワードにILUCAカードを選んでいただきます。中村さんが選んだのはやはり「ART」「WORD」! このふたつのキーワードについて伺います。
——「ART」から思い浮かべるアーティストは?
心を動かされた「YES」という作品の衝撃、そして「White Chess Set」は白一色で統一されたチェスでは勝敗がつかないという平和を願った作品(どちらも1966年発表)をつくったオノ・ヨーコ。それを見たとき心に大きな波紋が広がりました。また、本で語られていたエピソードなのですが、オノ・ヨーコの作品の展示会場に、壁に板が打ち付けられトンカチがぶら下がり手元に釘が置かれている、という作品があって。キャプションには「あなたは25シリングを払ったらあなたは釘を打ち付けることができる」とある。それに対して、ジョン・レノンはオノ・ヨーコに、「僕が想像の25シリングを払うから想像の釘を打ってもいいかい?」と尋ねるんです。オノ・ヨーコの創造力もすごいけれど、ジョン・レノンの想像力、ユーモアが溢れるエピソードです。僕の中でその場面が一瞬で映像化されたことを強烈に記憶しています。
——「WORD」を選ばれましたが、やはり言葉にとくに惹かれるのでしょうか。
僕は、何気ない一言が好きなんです。人ってぽろっと、本音を言ったりしますよね。無意識の言葉です。言葉は、みんなに想像させる力を持っています。例えば飲み屋で飲んでいるときに隣の席の知人が何気なく発した言葉、本人はもう忘れているような言葉が、意味をもって一人歩きすることがある。僕はいまだに覚えている言葉があるし、それについて考察することが楽しい。うまいこと言ってやろうとか、感動的なスピーチをこしらえようということでは生まれないんです。
——確かに、何気ない一言が大きな意味を持つこともありますよね。
逆に、発信者側があえて言葉を抑制するということもあります。僕の好きな村上春樹はインタビューで「会話でいちばん大事なことは、じつは言い残すことなんです。いちばん言いたいことは言葉にしてはいけない。そこでとまってしまうから」(『考える人』2010年夏号)と言っているんです。大事なことは言葉にしてはいけないと。ようは、発信者が受信者に対して結論を言ってしまわないことが大切だと言っています。ヒントを与えて、その人に考えさせるということは、結果的に自分自身が発見して得る言葉になるから身につきます。我慢強く考えて、「その人が導き出した言葉」は何より大事なものなのです。
SNOW SHOVELINGに足を踏み入れた瞬間、すんなりと体が馴染んでしまった。店主の中村さんは本やアートに囲まれながらその“オープンマインド”な精神で自然体でありこの空間と同じように人を受け入れてしまう、そんな印象だ。本屋を始めた頃のお話から、毎朝ヨガで体調を整えていること、なんだか笑える瞑想合宿、寅さんや政治のお話まで、広く深くそして面白いエピソードをいくつも話してくださった中村さん。
本や人との“出会い”を求めてまた訪れたい場所。
おだやかな春の陽気に包まれる街の一角で、店主は今日も “雪かき”をしている。
執筆:林真世/撮影:橋本美花/編集:柿内奈緒美

中村秀一
1976年生まれ、鹿児島育ち、東京在住。「サッカー選手が夢だった」青年は10代に挫折を味わい旅に明け暮れ、20代に志した「フリーランスが目標」という何とも言えないパッとしない目標をグラフィック・デザインという業種でなんとか達成したものの30代には不安を抱き、自分の居場所を探して2012年にブックストアを駒沢に開業。港はできたが、未だに渡航先の定まらないボヘミアン志向の本屋です。
Snow Shoveling Books & Gallery
住所 | 東京都世田谷区深沢4-35-7 2F-C |
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OPEN | 13:00ころ~19:00くらい |
CLOSED | 火・水曜日 |
公式サイト | http://snow-shoveling.jp/ |
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