西へ東へアート放浪記 「アールヌーボー時代のクラフトマンとその孫」

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西へ東へアート放浪記  「アールヌーボー時代のクラフトマンとその孫」

西へ東へアート放浪記

「アールヌーボー時代のクラフトマンとその孫」

 

 

 

 

 

ブダペストには東京都と同じく23の区があります。

各区にその区の歴史や著名人や芸術家を取り上げる美術博物館があり、

先日偶然に8区の美術博物館が門戸を開いていたので、寄ってみることにしました。

(文字通り、扉が開いていたので引力を感じて入ってみたのです)

 

 

展示名は「Under the dragon sign」

「竜の看板の下で」にでもなるのでしょうか?

これがその竜です。

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20世紀はじめにこの8区に住んでいたHikman Bela氏により 作成されました。

 

 

 

Hikman Bela氏は1887年に貧しい村で生まれました。

当時はよくあることだったのでしょうけれど、12歳で時計工房の見習いとなり、

16歳からはクラフトの知識を広げるためにハンガリー全国を転々としました。

 

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1903年にブダペストに上京し、当時の有名なマスターのもとで美しい工芸品を生み出しました。

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Hikman氏の信条は

「多くの職業をものにすればするほど、職人としての自分の価値があがる」

 

自立してからも夜間学校等に通い、生涯で12もの職業をものにしました。

 (発電機操作、電気工学、製図、アート描画、鍛造、亜鉛メッキに簿記など)

今の時代に生きていれば数々の資格や検定を取得する人だったんでしょうか・・・。

 

そんなHikman氏が生み出したクラフトの数々はとても美しいです。

 

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童話のようなモチーフの数々。

 

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自分の工房も持ちました(左のちょっとドヤ顔がHikman氏)

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きっとHikman氏は堅実に美しい物を作りながら、 決して派手ではないけれども時がたっても輝き続けるようなモノを産み出す、 そんな職人だったのでしょう。

そこに日本の職人さんに通じるものを感じます。

 

 

 

 

 時は流れ、やがてHikman氏の一人娘は結婚し

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1937年に孫が生まれました。

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孫はすくすくと成長し、おじいちゃんと同じ工芸学校に通い、 画家になりました。

そして今、この8区に在住です。

 

 

孫(といってももうおじいちゃんです。)の作品はこちら。

着実に時代が流れたことを感じます。

 

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社会主義時代でありながらヒッピーの文化も感じられるラフなイラストがけっこう好きだったりします。

 

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ブダペストの8区という同じ場所で交差する祖父と孫の物語でした。

 

 作品提供: Marcali Muzeum

http://marcalimuzeum.hu/index.php/en/