『シーモアさんと、大人のための人生入門』 スペシャルイベント at スタインウェイ・ジャパン

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『シーモアさんと、大人のための人生入門』 スペシャルイベント at スタインウェイ・ジャパン

『シーモアさんと、大人のための人生入門』
スペシャルイベント at スタインウェイ・ジャパン

 

昨年、『6才のボクが、大人になるまで。』という映画作品でアカデミー賞助演男優賞を受賞したイーサン・ホーク氏。 過去にはリチャード・リンクレイター監督の『ビフォアー』シリーズをはじめ、その他映画作品に出演しては抜群の演技力で異彩を放っている彼ですが… 俳優のみならず、映画監督、脚本家、演出家、小説家としても、とても素晴らしいキャリアを積んでいます。 

 

10月1日(土)より、自身が監督となって作り上げた初のドキュメンタリー映画作品が公開されます。その名も『シーモアさんと、大人のための人生入門』。 

物語は、アーティストとして、一人の人間として、行き詰まりを感じたイーサン・ホーク氏と、50歳でコンサート・ピアニストとしての活動に終止符を打ち、以後の人生を“教える”ことに捧げてきた89歳のピアノ教師、シーモア・バーンスタイン氏との出会いからはじまります。

 

 

映画作品の公開に先駆けて、普段一般公開されていない、ピアノがズラリと並ぶ、スタインウェイのセレクションルームにて一夜限りのイベントが開催されました! 

皆さんは、天王洲アイル・寺田倉庫ビルにスタインウェイ・ジャパンが入っていることはご存知でしょうか? 

150年以上もつづく伝統的なピアノメーカーであるスタインウェイ。 

これまでスタインウェイは革新的なアイディアでピアノ界を席巻し、現代のピアノづくりの規範となるデザインを作り上げてきました。一台、一台、スタインウェイのピアノは今でもほぼ手作りにこだわり、その圧倒的な響き、比類なき音色から、世界の主要ホールの9割以上で使用されています。

 

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今回、スタインウェイ・ジャパン株式会社の協力により、セレクションルームを貸し切って行われた本イベント。来客者に喜んでほしいというおちゃめな遊び心溢れるデザイン。 

さて、この隠し扉の向こう側に行ってみましょう!

 

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そこには現れたのはピアノ…ピアノ…ピアノ!!! 

普段目に触れる機会の多いスタンダードの黒色ものから、鮮やかな木目調や細工が施されている白色のものまで。 そこには職人さんが丹精込めて手がけた、ピアノというアートが広がっていました。 

作中の印象的な場面でもある、イーサン・ホーク氏とシーモア・バーンスタイン氏が対話する、今では存在しないNYスタインウェイ社が所有する、今は移転してしまったために存在しないピアノセレクションルームを思い起こさせます。

 

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本イベント開催にあたり… 

シーモアさんと同様に“スタインウェイ・アーティスト”と呼ばれるピアニストの一人であり、日本デビュー5周年を迎えて今秋ピアノリサイタルで5大ソナタに挑む金子三勇士氏が、リストの『ラ・カンパネラ』とショパンの『夜想曲 第二番』を披露してくれました。一音一音、確かめるように鍵盤を撫でるピアノタッチ。ゆっくりと哀愁ある音色からはじまり、力強く奏でるクライマックスなど、展開される曲調に合わせながら多彩に魅せる金子さんの演奏に、会場からは大きな拍手が鳴り止みませんでした。

 

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演奏が終わった後は、音楽を中心に文学、映画など他分野と音とのかかわりを探りながら、批評を展開されている音楽・文学評論家であり、早稲田大学教授の小沼純一氏を迎え、『シーモアさんと、大人のための人生入門』をもとに2人の特別対談がスタートしました。

 

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左:金子三勇士氏、右:小沼純一氏

 

小沼さん: 

作品の中心人物であるシーモアさんはピアニストです。しかし、作品全体としては単純にピアニストの話ではなくて、色んな人の目に触れて、色んなことを考えられる、作品になっています。 この映画の原題は“Seymour: An Introduction”ですが、邦題は『シーモアさんと、大人のための人生入門』。僕はこれはとてもいい邦題だと思っているんです。というのは、決してこの作品は子どものための“introduction”ではないんですね。あくまで人生の中で色んなことを経験した大人の「人生って何だろう?」という疑問に答える“introduction”であり、たんなるピアニストにとどまらない一人の人間としてのシーモアさんの歩みが、僕たちに人生の方向性に対する示唆をくれる作品になっていると思います。 

 

金子さん: 

僕も小沼さんと同じ印象を受けました。今までのクラシック音楽を題材にした映画作品は、専門的な内容になってしまうものが多く存在しています。それと同様に『シーモアさん~』も音楽家の専門的なドキュメンタリーだと思っていましたが、映画を観始めてすぐにそういったドキュメンタリーとは世界観が違うことに気付きました。シーモアさんが自分の音楽と言葉を通じて、お弟子さんはもちろん、いろんな人に多くのことを愛と優しさをもって伝えようとしている。その気持ちがとても直球に、ストレートに感じられるんですね。僕はそんなに涙もろくない人格であるという自負があったのですが、何度も何度も涙を堪えるシーンがあり、音楽家としてというよりも一人の人間としてとても心に響く作品でした。

 

main_s©2015 Risk Love LLC

 

小沼さん: 

ストーリーにもある通り、シーモアさんは50歳でコンサート・ピアニストとしての活動に終止符を打って、以後の人生を「教える」ことに捧げてきたわけですが、作品のクライマックスには再び舞台に上がります。彼がステージから長く離れていた理由の一つが「舞台恐怖症」ですが、監督であるイーサン・ホーク自身も同じ病を抱えていた。そのことをきっかけに二人は意気投合するのですが、「舞台恐怖症」は必ずしもステージに立つ人間だけを襲う恐怖ではなくて、われわれの日常の大事な局面、たとえば仕事や恋愛においても同じような恐怖はあるのだとわかって、映画を観ている人は共感を覚えると思います。金子さんはステージが怖くなった経験はありますか? 

 

金子さん: 

ステージに対する恐怖というのは、ある種の「波」だと思っています。つまり、ずっと安定していたり、ずっと恐怖しているということはなく、誰しもその日の朝起きた時の「体調」があると思うんです。しかし、体調に合わせて演奏活動を行うことはできませんよね。少なくとも、相当な巨匠にならないかぎりは「体調が悪いから公演を中止する」というようなことは現実的に無理です。僕の場合、物理的にも精神的にも調子がすぐれない時期に公演がぶつかってしまって、自分が思い描いていた結果を出せなかったときに舞台に対する恐怖が生まれてくる。きっとみなさんも「自分らしい自分」から離れて自分を見失う瞬間に恐怖を覚えた経験があると思います。僕の場合、新鮮な音楽に触れると恐怖をリセットできることが多いのですが、いかに「本来の自分」を取り戻すかということは大きな課題です。おそらく、シーモアさんも舞台への恐怖には幾度となく悩まされていたでしょうが、コンサートピアニストを引退する決意を促した理由は舞台恐怖症だけではないはずです。というのも、ピアニストの立場から言わせてもらえば、シーモアさんはあと数年もすれば舞台恐怖症を克服できたのではないかと僕は思っています。あくまで舞台恐怖症というのは「何もがむしゃらに演奏するだけが音楽家の使命ではない」という境地に至るまでの一つのきっかけにすぎなかったんじゃないかと。 

 

sub01_s©2015 Risk Love LLC

 


小沼さん: 

現代では、大勢の前で演奏活動を行うことが音楽家としての一つの形ではありますが、音楽家の在り方は必ずしもそれだけではないということなんですよね。一体自分の演奏にどれくらいの観客が共感してくれるのか? 実際のところ、それほど多くはいないでしょう。だとすれば、必ずしも公で大衆の前で演奏する必要性はなく、別のアプローチがあるのではないかとシーモアさんは考えたのでしょう。逆に考えれば、「音楽」というものにどう関わるのかを真摯に向き合った。その結果として、舞台を下りてからの時間を、ピアノ講師として作曲家として費やすことになったのだと思います。

 

金子さん: 

でも、決意をするのはなかなか簡単ではなかったと思います。演奏者の自分からすると、身体的な理由ではなく、精神的な理由で引退を決意したというのは非常にかっこいいですよね。演奏活動を続けながら自分の限界を模索していくライフスタイルもあるとは思うのですが、作中でシーモアさんは「コンサートピアニストとしての自分の出来る限りのことはしてきた」と仰っていて、その決断がすごい!と思いました。 

 

小沼さん: 

本当にシーモアさんは決断力がある人ですよね。「必ずしもそれはどうなんだろう?」と思うようなことでも、説得力があるんですよね。彼がグレン・グールドのことを批判するシーンなんかも非常に面白い。 

 

金子さん: 

グールドを批判することはとても勇気のいることだと思うのですが、シーモアさんが彼を受け入れらない理由について語るのを聞くと、とても説得力があって新たな発見につながりました。シーモアさんは、カジュアルな言い方をすると憎めない方なんですよね(笑)ものすごく批判的なことをおっしゃっても「なるほど」と納得させられる何かがあって、心の中でそうかもしれないと持ってしまう自分がいるんです。それが彼の魅力の一つでもあると思います。 

 

小沼さん: 

この映画では、シーモアさんとイーサン・ホークの対話だけでなく、シーモアさん自身のこれまでの人生も描かれています。単純にピアノを演奏したいというものではなく、音楽を通してコミュニケーションを取ろうとする姿勢は、かつて出兵していた朝鮮戦争従軍中から、現在生徒にピアノを教えている現在も変わりません。色んな形で音楽を「どう考え、どう伝えるのか」を教えていると思いました。ワークショップのシーンでは、どのように楽曲を解釈するのか、楽譜を見ながらとても細かいことを言うんです。それを聞くと、おそらく演奏家ではない方にとっても「こういうところまで気を遣っていたのか」「この一音を出すためにこんな苦労していたのか」と新たな発見があると思います。 

 

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金子さん: 

クラシック音楽家とシンガーソングライターの違いは、何百年前の偉大な作曲家たちが遺してくれた作品を、演奏家たちが譜面から様々なメッセージ読み解いていくところです。その時代ごとに存在する観客へ音楽を伝えるために地道な作業をしているのですが、そういう部分は決して表には出てこない。舞台でスポットライトを浴びながら「この演奏のために何年何ヶ月を費やしました。」とは言いませんよね?(笑)でも、この映画を観れば、そういった地道な作業の一部を垣間見ることができます。また、ピアノを習っていないひとにとっても、彼が教育者として目を向けるポイントには何かしらの発見があるのではないかと思います。 

 

小沼さん: 

いまの金子さんの話に付け加えると、シーモアさんはしばしば「呼吸」に言及しますよね。ピアノもバイオリンも管楽器ではないので「呼吸」とは関係がないものと思われがちですが、「吸う/吐く」という呼吸の行為自体が一つのフレーズになっています。僕はどちらかといえばとっつきにくいと嫌われがちな現代音楽が専門なんですが、そんな現代音楽でさえ「呼吸」を感じることで世界に入っていくことができます。なぜなら、「呼吸」は人間として生きているかぎり行われるものであって、音楽をやっているかどうかはかかわりがない。つまり、「呼吸」という行為を介することで「生」の上に音楽を感じられるということが大きいのではないかと思います。
また、シーモアさんは「ピアノは一台一台違う。」と言っていますが、ピアノ自体は木材と金属の組み合わせにすぎません。一人一人の人間も組成は同じですが、それぞれが別の人間であるという点では、ピアノも人間と同じなのですね。 

 

金子さん: 

不思議なことにシーモアさんの呼吸ってとても自然体なんです。イギリス英語と比べてアメリカ英語は硬いイメージがあるのですが、シーモアさんが話すアメリカ英語は滑らかで柔らかく、聞き取りやすい。きっとイーサン・ホークも舞台に立つ時は、そのシーモアさんの呼吸に注目したと思います。
シーモアさんのお気に入りのピアノがスタインウェイ社のピアノなのですが、一台は自宅に置いてある練習用。もう一台はNYスタインウェイ社のピアノセレクションルームから選定したピアノです。映画を観ていると、「シーモアさんは何のためにピアノを選んでいるんだろう?」と疑問を覚えるのですが、最後のシーンのリサイタルを開催するためだとわかります。
ピアノを選ぶとき、シーモアさんはほんの少し弾いただけで、ピアノが自分に合うかどうか判断できる。どれも見た目は同じピアノです。しかし、僅かな音色の違いからマッチングを吟味しているのですね。このシーンでは、実際にピアノの音の違いがわかるだけでなく、シーモアさんの拘りと決断力が見られるので、是非作品を鑑賞する際は注目してください。
また、最後のリサイタルはNYスタインウェイ社で開催されたのですが、演奏しているシーモアさんの背景がガラス張りになっていて、人や車の行き交うNYの街の流れが見える。まるで、近代と現代の歴史が混じり合うような、貴重なワンシーンになっていると思います。 

 

小沼さん: 

最後のリサイタルでシーモアさんはシューマンを弾くのですが、この演奏シーンに自室での練習風景がオーバーラップします。その演出の意図は、彼の愛したスタインウェイのピアノから発せられる音色がどちらにも存在するということ、つまり、同じ曲の演奏を介してスポットライトの当たる舞台の上も舞台を下りた日常も通じ合っているということを示すことではないでしょうか。 

 

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と、ここで!今回イベントに参加されたお客様からの質問コーナーが設けられた。 

 

――先ほどのトークの中でピアノには一台一台に違いがあるいう話がありましたが、金子さんがこのイベントで演奏したルイ15世モデルのピアノはどのような子だと思いますか? 

 

金子さん: 

作中でもシーモアさんがピアノを何に例えるかというシーンがあるのですが、いつも僕はピアノを年齢と性別で例えます。男なのか女なのか、何歳ぐらいの、どんな性格の子なのか。このピアノにかんして言えば、ルイ15世モデルという名前がついておきながら申し訳ないのですが、僕のなかでは女性です。芯が強く性格のハッキリした30代女性。僕よりも年上の方なので先ほどは腰を低くして演奏しました(笑) 

 

――シーモア氏がコンサートで演奏する際にピアノを選定する場面がありますが、金子さんが今ピアノを選ぶとしたらどのようなピアノを選びますか? また、ピアノが自分に合うかどうかすぐに分かるタイプなのか、それとも非常に悩むタイプなのか教えてください。 

 

金子さん: 

僕はすぐ分かります。残念ながら演奏会にお邪魔する際に楽器を選ぶ機会というのは非常に少なく、バイオリンやヴィオラのように簡単に持ち運びができない楽器なので、基本的には一期一会の世界なんです。ただ、大き目のコンサートホールに演奏会で行った際は、そのホールに何台かあるピアノの中から選定する場合もあります。あるいは、ホールがピアノを購入する場合に、責任の重圧に耐えながらピアノを選びます(笑)また、先ほどのピアノの性格の話になりますが、僕は20代後半なので、今の自分にフィットするように同じ世代の同性のピアノを選びますね。自分が89歳の現役ピアニストだとすれば同じく89歳の男性を選ぶと思います。 

 

小沼さん: 

もし、その年齢で20代の女子のピアノを選んだら大変ですね(笑) 

 

金子さん: 

きっと、そういうところに演奏者の性格が出ると思います。 

 

小沼さん:

金子さんは、演奏に際して日頃からランニングをしていることですが、そこにはどのような意図があるのでしょうか? 

 

金子さん: 

フィジカルだけでなくメンタルを鍛える目的で僕は一日おきにランニングをしているのですが、インタビューでこういうことを言うと必ず訊かれる質問があって。「ランニングの際はどんな音楽を聴くんですか?」という質問なんですが……。 

 

小沼さん: 

聴かないよねえ(笑) 

 

金子さん: 

全く聴かないです(笑)“無”の状態で走るという時間が僕にとっては幸せなんです。というのも、毎日音楽に接しているからこそ、ストレスとは言いたくないのですが、音楽に対する悩みというものが尽きません。しかし、悩むことには楽しい面もあって、必ずしも全てがネガティブなものではない。例えば、楽器に触れるときや演奏会に出演したときに、自分が考えたり感じたことなどを、どこかでスッキリさせないと夜眠れないのです。作中ではシーモアさんが就寝前に行う儀式のようなシーンも登場しますが、僕にとっての儀式はランニングなのです。 

 

今回のイベントで繰り広げられた金子さんと小沼さんのトークから…シーモア氏の音楽を通して人に対して分け与える愛や優しさに触れられただけでなく、教育者という立場に回っても音楽への尊敬と貢献の念を忘れていない姿勢に感動を覚えました。それは自身のみならず、自分を取り巻く環境、そして世界に対しても豊かにしていくでしょう。そこには自分が日常を送るためのヒントが隠されているかもしれない…10月1日(土)から公開される『シーモアさんと、大人のための人生入門』を観に行こうと思いました。 

 

 

文:新麻記子   写真提供:UPLINK

 

 

【情報】 

『シーモアさんと、大人のための人生入門』 

監督:イーサン・ホーク
製作:ライアン・ホーク、グレッグ・ルーザー、ヘザー・ジョーン・スミス
出演:シーモア・バーンスタイン、マイケル・キンメルマン、アンドリュー・ハーヴェイ、ジョセフ・スミス、キンボール・ギャラハー、市川純子ほか
配給・宣伝:アップリンク
(2014/アメリカ/81 分/英語/カラー/16:9/DCP/原題:Seymour: An Introduction)
公式サイト http://www.uplink.co.jp/seymour/ 

 

 

【登壇者プロフィール】 

小沼純一(こぬま・じゅんいち) 

1959 年生まれ。早稲田大学文学学術院教授。音楽文化研究、音楽・文芸批評。「音楽文化」の視点から、音楽、映画、文学、舞台、美術など幅広い著述活動を展開し、音楽誌、文芸誌などに寄稿多数。1997年度、第8回出光音楽賞(学術研究部門)受賞。
主な著書に『オーケストラ再入門 シンフォニーから雅楽、ガムラン、YMO まで』(平凡社新書)、『武満徹 音・ことば・イメージ』、 『ミニマル・ミュージック』、『アライヴ・イン・ジャパン』(以上、青土社)、『映画に耳を 聴覚からはじめる新しい映画の話』(DU BOOKS)。訳書にミシェル・シオン『映画の音楽』(みすず書房、共同監訳)、マルグリット・デュラス『廊下で座っているおとこ』(書肆山田)など。坂本龍一総合監修による音楽全集「schola(スコラ)」シリーズの選曲・執筆にも携わる。 

 

金子三勇士(かねこ・みゆじ) 

1989年、日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれる。6歳よりハンガリーのピアノ教育第一人者チェ・ナジュ・タマーシュネーに師事、単身ハンガリーに留学し祖父母の家よりバルトーク音楽小学校に通う。1997 年と 2000 年に全国連弾コンクールで優勝し、2001年には全国ピアノコンクール9~11歳の部で優勝。2001年(11歳)飛び級でハンガリー国立リスト音楽院大学(特別才能育成コース)に入学、エックハルト・ガーボル、 ケヴェハージ・ジュンジ 、ワグナー・リタの各氏に師事。2006 年(16 歳)全課程取得とともに日本に帰国。東京音楽大学付属高等学校2年に編入し、清水和音、迫昭嘉、三浦捷子の各氏に師事。東京音楽大学ピアノ演奏家コースを首席で卒業し、同大学院器楽専攻鍵盤楽器研究領域を修了。日本デビュー5 周年となる今年 2016 年 3 月にユニバーサルミュージックより新譜のCD「ラ・カンパネラ~革命のピアニズム」をリリース、9 月にはソロ・リサイタル「金子三勇士 5 大ソナタに挑む!」を開催する。キシュマロシュ名誉市民(ハンガリー)。スタインウェイ・アーティスト。http://miyuji.jp/index.php