原美術館で自分を取り戻すということ 「ソフィ カルー限局性激痛」原美術館コレクションより

記事をシェア

原美術館で自分を取り戻すということ 「ソフィ カルー限局性激痛」原美術館コレクションより

原美術館で自分を取り戻すということ

自分の痛みに向き合う

「ソフィ カルー限局性激痛」原美術館コレクションより

 

 

“あなたにとっての人生最大の痛み・苦しみとは、どんなものですか?”

(本文中内傍点はすべて筆者)

 

 

フランスの女性現代アーティスト、ソフィ カルの個展「限局性激痛」が約20年ぶりに原美術館でフルスケールで再展示され、注目を集めています。世界的名ギャラリーペロタン東京(六本木)や、長年ソフィ カルにたずさわってきたギャラリー小柳(銀座)でも、個展が開催中です。今日本に話題を呼んでいる本展について、ご紹介します。

 

 

 

ソフィ カル 近影 Photo:Jean-Baptiste Mondino 

 

 

 

◆ソフィ カルとは?

 

1953年パリ生まれの女性現代アーティストです。主に写真とテキストを使い、自分自身もしくは他者をテーマに作品を展示するスタイルが特徴的です。その手法の独自さ、大胆かつ奇抜なスタイルから、常に注目を浴びてきた稀有な作家です。

 

 

 

カルは20代半ばから制作活動を開始し、今までにテートギャラリー(1998年)やポンピドゥセンター(2003-2004年)で個展を開催するほか、2007年にはフランス代表として第52回ヴェネツィア・ビエンナーレに参加するなど、世界を舞台に華々しく活躍してきました。近年ではパリ狩猟博物館という異色の会場で剥製とともに作品を展示(2017年)し、パリを賑わせました。

 

 

 

初期の作品としては、見知らぬ人々を自宅へ招き、自分のベッドで眠る様子を撮影したものにインタビューを加えた「眠る人々」(1979年(26歳))や、カル自身がヴェネツィアのホテルでメイドをしながら、宿泊客の部屋の様子を撮影した「ホテル」(1981年(28歳))などが有名です。

 

 

 

その他、日本へ渡航する前年に、偶然拾ったアドレス帳に載っていた人物にその持ち主についてのインタビューを行い日刊リベラシオンに連載、発表した「アドレス帳」(1983年(30歳))も目を引きます。これは当のアドレス帳の持ち主との間でフランスの主要メディアまでを巻き込み論争を起こしたほどで、彼女のアート界で話題をさらう求心力に、感服させられるものです。

 

 


日本では1996年の「本当の話」展(ギャラリー小柳)、原美術館での「限局性激痛」展(1999-2000年)、豊田市美術館での「ソフィ・カル展」(2003年)などで広く知られるようになり、既出のヴェネツィア・ビエンナーレと同年には東京国立近代美術館でイケムラレイコ、やなぎみわ、塩田千春とともに「リアルのためのフィクション」展に出品しました(2007年)。

 

 

 

2013年には原美術館にて、カルが長年にわたって追求してきた視覚や認識に関するテーマを扱った「最後のとき/最初のとき」が開催され、同展は豊田市美術館(2015年)、長崎県立美術館(2016年)に巡回し、一層ソフィ カルのアートに対する注目度が高まりました。
    

 

 

 

◆「限局性激痛」とは?

 

「限局性激痛」とは、医学用語で、身体部位を襲う限局性の鋭い痛みや苦しみのことを指します(参考文献※1)。1999年当時46歳のカルが、過去を振り返る形で、30代前半での失恋体験、治癒への過程を写真とテキストなどで作品化し、そのタイトルに、この言葉が使われました。

 

 

 

 

◆個展「限局性激痛」開催経緯(※1 )

 

本展は、1999年に開催された同美術館での個展「限局性激痛」をフルスケールで再展示したものです。展示構成も当時とほぼ同じで、原美術館の建築環境に合わせた二部立て。

 

 

カルは当初より、企画意図に合う美術館を日本で探し、いわゆるホワイトキューブの大型美術館ではなく、原美術館を選びました。つまり1999年の「限局性激痛」展は、カルの希望により原美術館で世界に先駆け初公開されてきたという、特別な展覧会となります。

 

 

カルが日本の美術館を初めに選んだ理由、それは本展誕生の直接の契機が、彼女が31歳で経験した3ヶ月の日本滞在にあるからです。

 

 

幼少期より慕ってきた憧れの男性との恋を実らせた(と信じた)カルは、その恋人との愛情を試すかのように、遠距離恋愛を自分に課し、3ヶ月の海外渡航を決意します。更に滞在先には、あえて言葉もわからず心理的に距離感を覚えていたという日本を選びます。

 

 

それは海外経験を楽しむためではなく、自分を孤独に追い込み恋人への想いを深めるための、自らへの挑戦でした。

 

 

 

 

◆第1部 Avant la douleur 痛みの前 

写真とテキストで迫る、失恋への序章

 

「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクショより 展示風景 ©Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku

 

 

 

第1部は、原美術館の1階展示室、通路側の白い壁にかかる写真と、テキストから始まります。

 

 

Sophi Calle Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 

 

 

フランスでの旅立ちの日より、「人生最大の苦しみ」を味わうことになった日までの約90日間が、この写真のように1日ずつカウントダウンされていく形で、カルの思い出の写真が日記のようなテキストとともに展示されます。

 

(※2「」内、Sophie Calle, Douleur exquise, Actes Sud, Arles 2003, p.102, 原美術館訳)

 

 

Sophi Calle Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 

 

 

冒頭より驚かされるのが、1984年当時、カルが日本への渡航方法に選んだのが空路ではなく、過酷なシベリア鉄道での陸路だったということです。すべて恋人を想い続けるべく命がけの旅をするため、といった姿で、並んだ写真を前に、初めて観るひとは思わずカルの行動力に息を飲むに違いありません。

 

 

白壁一面にいくつも連なる写真のそばには、カル自身の言葉(テキスト)が合わせて展示され、それらを辿るうちに、30数年前の当時、その日カルが眼の前で関わったひとへの彼女自身の率直な想いと、時を超えて向き合うような営みが生まれます。

 

 

写真の中には、当時の恋人からカルへ届いた手紙や、カルが登場人物として出てくる友人の本の数ページなど、作家の人物像を想像させるものもあれば、前後のテキストとは一見離れたモチーフ(日本でカルが初めて目にする神社の景色など)もあります。

 

 

約90枚の写真を通して、等身大の視界をファインダーに収めるひとりの女性の、切実な心の音が少しずつ聞こえてくるような気持ちにもなります。

 

 

 

Sophi Calle, Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 

 

 

ここで被写体となっている様々なものーメモや、地図、ポラロイド写真やコンタクトプリントなどは、カル自身の手で15年間封印されていた思い出の品々です。その封印をカル自らが解き、メモや記憶をたよりにその地を再訪するなどして、数年をかけてこの「限局性激痛」が誕生しました。

 

 

日本滞在の最後の日に向かってカウントダウンされていく中で、カルの恋がどんな結末を迎えるのか、ハラハラ見守りながら展示室を周ることになります。

 

 

 

Sophi Calle, Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 

Sophi Calle, Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 

 

 

 

◆第2部 Après la douleur 痛みの後 

一針一針に刻まれる痛みの記憶とともに

 

Sophi Calle, Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 

 

 

カルは3か月の日本滞在の最後に、「人生最大の苦しみ」を伴う大失恋を経験します。それをまさに味わった部屋が再現されています(画像参照)。その後、生きるよすがを失ったままフランスに帰国し、恐らくパリの歩き方も忘れてしまったような絶望の中で、カルは、彼女らしいアクションを起こします。

 

 

それは、自分でルールを作って、他者と関わるというものー「厄払いのために」自分の苦しみを人に語り、また、その相手から「自分が最も苦しんだ経験を語ってもらう」ーそんな営みを3ヶ月続けるのです。

 

(※2「」内すべて、Sophie Calle, Douleur exquise, Actes Sud, Arles 2003, p.102, 原美術館訳)

 

 

 

第2部メインの展示室では、オフホワイトと淡い黒地の布が額に入れられ、壁に交互にかけられています。

 

 

 

「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクションより 展示風景 ©Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku

 

「ソフィ カル―限局性激痛」1999-2000年 原美術館での展示風景 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

 

 

 

使われている生地はカルこだわりのベルギー産の麻布で、刺繍は新潟の工場で製作されたものです(※1)

 

 

失恋をした日を起点として1日ずつ過ぎゆく日々の中で、カルは自身の痛みの記憶を振り返り、グレー地の布に「○日前、私は愛している男に捨てられた」といった形で、自分の失恋体験を記録=記憶として表わしていきます。

 

 

一方、間にある白い布には、カルがインタビューで聞き出した、それぞれの人にとっての人生最大の苦しみの体験の記録

 

 

それらが日本語の文字となって、一文字ずつ刺繍されている形を目にするとき、まず、一針一針に痛みの記憶が刻まれているかのような感覚を呼び起こさせます。

 

 

それを感じながらそのまま一歩ずつ布の前に立ち、縫い込まれたそれぞれのひとの痛み、悲しみ、ー “不幸” の記憶を辿っていくと、やがて、描かれる失恋体験が、当初あからさまな当事者としての怒り・悲しみ・恐れの感情に満ちていたものから、時が経つに連れて、落ち着いたものに変わっていくことに気がつきます。

 

 

事実を冷静に受け止め、自分も自分を振った恋人も、平等に傍観し事実を事実として受容するような語られ方になっていくのです。

 

 

他者の痛み・苦しみの記憶を聴くことを通して、カルのそれは、相対化されていったようです。自分自身にしかわからない固有の痛みを、許し、受け入れることができていったのでしょうか。

 

 

 

 

◆カルが引き起こすもの

 

人によって見方は様々にあり、写真に映るひとつひとつのモチーフやエピソードに、何かしらのヒントを得て連想を膨らます方もいるでしょう。

 

 

ただ、本展でカルの表現を目にして、最初に大きく引き起こされるものは、言葉にすればその題名の通り、「限局性激痛」に関わる感覚ー私たちの誰もが人生のどこかで味わうかもしれない、痛みや喪失といった負の感情ーと言えるかもわかりません。作品が、失恋や死別といった、強烈な不幸の体験を間のあたりにさせ、脳裏にリフレインさせる装置となっているからです。

 

 

カルのインスタレーション、展示室の空間、写真、言葉を受け止める時、ひとつひとつの視覚情報は鑑賞者に、過去に観たものと類似した自らの体験(あるいは未来に訪れるかもしれない不幸の予感)を想起させます。

 

 

カルは失恋直後に、自らが引き受けた痛みを、他者が引き受けた痛みと交差させ、自分の「苦しみが相対化される」(※2 pp.16-17)ことなどを通して、3ヶ月という時間の中で、治癒させていきました。

 

 

一方美術館での滞在時間を考えると、彼女から発せられる何かしらのイメージは、時に悲痛な記憶や、封印したかった過去をも呼び覚まし、観た者はそれらとともに日々を過ごすことになるかも知れません。

 

 

つまり「限局性激痛」がもたらすものは、展示室内で自分が進める歩みの時間とともに起こる体内変化でもあり、美術館を離れてからも続いていく感覚の変化ー痛み・苦しみの “再受容” ーともいえるでしょう。

 

 

 

 

実はカルの写真は、それだけに見入っても、美しい花の写真をうっとり眺めて浄化させられるような体験は、なかなか起こりにくいーこれは、カル本人が以前講演の中で、「自分は写真家ではなく、写真自体には興味がない」と述べ、一般の写真家とは線を引いている(※9 近藤幸夫『ソフィ・カル講演記録の読み方ーあるいはソフィ・カル作品における写真』、p.64)ことからも、あながち誤認にはならない感想でしょう。

 

 

それでも、一見あからさまなだけに見える彼女の写真やテキストは、その背後にどこか詩情のような力も持つのです。そして彼女自身の予期しない体験を、観る者にもたらす可能性を秘めています。

 

 

というのも、彼女の営みの痕跡は、そのプロットの特性から、時空間を超越した眼差しをもたらし、観る者に自分自身を振り返らせる作用力ー余韻を持つからです。

 

 

 

 

そして、以下は飛躍した仮定になりますが、自らが甘受したそのままの感覚・認識を見失わずに、時空を超えた、世界を俯瞰する視点を持つ時、生きていくことの中で味わう様々な体験をありのままに受け入れる包容力を、自分の中に育てることー許すという行為ーができ始める。

 

 

これが、痛み・苦しみに際して言えば癒し・治癒への第一歩になり、もっと大きく、人間の営為の中でのアートの作用として捉えれば、VUCA(※)の世界を前にして立つ人間ひとりひとりの、 “生の全体性” への回復の入り口となりえましょう。

 

 

(※ “「Volatility=不安定」「Ucertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=曖昧」という、今日の世界の状況を表す四つの単語の頭文字を組み合わせたもの”  ※7 山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』光文社新書、2017年、p.16より)

 

 

 

 

「現代アートとは何か」という問いが常に廻る中で、彼女の営みがアートである理由は、美的感性を追求し視覚的に心地よいものに触れてカタルシスを味わう側面にあるものでは恐らくなく、美意識さえをも包含する、そもそもの人間の感受する力ー感性、意識、記憶そのものをクローズアップする行為にある。

 

 

五感を通して受け止められるものの中から、感性と知性を呼び覚まされた先に、鑑賞者がなにかしら、 “生の全体性” を志向し、自分の認識をありのままに認め、許し、生きていくこと自体に癒しの過程を味わうことができる。

 

 

 

そんな体験ができるところに、彼女のアートの存在意義を、筆者は感じることができます。

 

 

 

 

『他者の苦痛へのまなざし』という有名な写真論を2003年に発表したスーザン・ソンタグー20世紀を代表する作家・批評家・劇作家・演出家・映画監督と言われるーの死(2004年)を受けて、彼女の追悼シンポジウム(2005年6月)の中で、当時モデレーターを務めた後藤繁雄氏(京都造形芸術大学教授)が、ソンタグを「生の全体性、複雑さというものをわしづかみにし生け捕りにしていく凄みというものを持ち続けた人」と評していますが(※8)、これに照らして、関わり方は違えど「写真」という共通項をもつカルを見てみると、

 

 

世界をそのまま軽やかに切り取り、カルらしい、内に秘めた美意識の調べに乗せて、生きにくいこの世の中で “生の全体性” や複雑さをありのままに受容するヒントを、写真やテキストで見せてくれるのが、ソフィ カルという1人の女性、アーティストなのではないでしょうか。

 

 

 

“ソフィ:これが芸術かどうかというところから出発したのではなく、遊びとして、癒しとして、人生を生きやすくするために、始めたものが芸術ということになりました。”

 

 

慶應義塾大学アート・センター編集

『ソフィ・カル 歩行と芸術』、2002年

『ソフィのリアル・ストーリー』(朝木由香・村井丈美・田中淳一訳)p.30(※9)

 

 

 

 

 

◆品川  御殿山に佇む、元邸宅の原美術館

 

さいごに、少し原美術館自体の紹介をさせていただきます。

 

 

原美術館は、品川の御殿山に立つ原家の邸宅がもとになっており、第一部の展開される展示室は南側の庭に面しています。庭木の向こうから淡く差し込む陽光の中でカルの体験を追いながら、彼女が見て感じたもの、それを通して自分が今感じるもの、それぞれが脳裏に交錯し、木漏れ日の中で自分の存在を改めて問い直すことができます。

 

 

現在残されている建物は、1938年に原邦造氏(前原美術館館長原俊夫氏の祖父)により建造されたアールデコ調の邸宅が改修されたものですが、モダニズムを感じさせる建築で(※10)、辿ると、設計は東京国立博物館本館・和光本館などに関わった建築家渡辺仁(1887-1973)によるものです。

 

 

建物だけでなく、開設以降美術館としてのあり方にも世界の中で唯一無二の存在感が光る、貴重な施設です。2020年12月の閉館まで2年を切ってしまったことが大変惜しまれる今だからこそ、この機会にぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

【展覧会情報】

「ソフィ カルー限局性激痛」原美術館コレクションより

 

会期: 2019年1月5日(土)~3月28日(木)

会場:原美術館

住所: 東京都品川区北品川4-7-25

電話番号:03-3445-0651

開館時間:11:00~17:00(水~20:00)※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日

料金:一般 1100円 / 高校・大学生 700円 / 小・中学生 500円 ※学期中の土曜日は小学・中学・高校生無料

原美術館公式HP: https://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/382/

 

 

 

 

《参考文献・註》(本文内※表示)

 

1.原美術館プレスリリース(2019/1/11)及び原美術館内田洋子館長による展覧会説明(2019/1/14)

2.図録 Sophie Calle, Douleur exquise, Actes Sud, Arles 2003, (一部原美術館訳)

3.図録 原美術館編集『限局性激痛:ソフィ カル』、アルカンシェール美術財団、1999年

4.図録 『ソフィ・カル展』豊田市美術館、2003年

5.図録 東京国立近代美術館編集『リアルのためのフィクション』、2007年

6.図録 福満葉子執筆『ソフィ・カル:最後のとき/最初のとき』、長崎県立美術館、2016年

7.山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』株式会社光文社、2017年、p.16,109

8.後藤繁雄監修『スーザン・ソンタグから始まる/ラディカルな意志の彼方へ 』京都造形芸術大学RCES芸術編集研究センター編集(アート新書アルテ)、光村推古書院、2006年、p.20

9.慶應義塾大学アート・センター編集『ソフィ・カル 歩行と芸術』、2002年、

『ソフィのリアル・ストーリー』(朝木由香・村井丈美・田中淳一訳)pp.29-30、

近藤幸夫『ソフィ・カル講演記録の読み方ーあるいはソフィ・カル作品における写真』、p.64

10.岡部あゆみ編著『アートが知りたい〔本音のミュゼオロジー〕』、武蔵野美術大学出版局、2005年、pp.108-111

11.小崎哲哉『現代アートとは何か』、株式会社河出書房新社、2018年

 

 

 

 

テキスト:川合  真由

 

バナー画像:

Sophie Calle

Exquisite Pain, 1984-2003 © Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018