2019年5月、新作公演「CITY」を発表する「マームとジプシー」主宰・藤田貴大氏。インタビュー前編では、その生い立ちと演劇に没頭した青春時代からマームとジプシーのルーツを知ることができた。後編では、新作「CITY」のもとに集ったキャスト陣の話から新作・再演への思い、藤田氏が演劇に求める「瞬間」についてのお話を伺った。
「すべてのタイミングが合致した」新作「CITY」を取り巻くキャスト陣
――今回の「CITY」では、柳楽優弥さんやANREALAGEはどういった意図でキャスティングされたのでしょうか?
知り合いじゃない人や、僕の芝居を見たことのない人とコラボレーションをすることがあまりないんですよね。柳楽さんも僕の芝居を熱心に観てくれて、楽屋にもたびたび挨拶をしに来てくれていたんですが、そのときの印象が強く残っていて、気になっていたんですよ。役者からインスピレーションを受けて作品をつくるということを僕はあまりしないんだけど、柳楽さんに関しては、柳楽さんが出発点になるような作品を描きたいとおもったんですよね。
20代の間は地元とか北海道というモチーフをずっと扱っていて、そこから時間や場所を特定しないおとぎ話やフィクションのような世界観でつくってきたけれど、意外と僕自身が今までに東京とか都市というテーマでつくってこなかったんですよね。僕がおもう「都市」というテーマに柳楽さんはすごくぴったりだった。目に宿っている「現実」を見る感じ、今の東京にフィットしていく感じが必要だとおもってキャスティングしました。ANREALAGEの森永さんとも去年の冬に仕事をしているのですが、森永さんが最近取り組まれている光と闇のテーマが今回の作品にぴったりだとおもってお願いしました。
森永さんや柳楽さんとの出会いと、僕の中で一周して都市を描きたいとおもい始めたところがすごく良いタイミングで合致したんです。タイミングってすごく重要だなとおもいます。たとえば僕が「都市」に興味を持っていなかったら二人と組んでいないかもしれないし、今このタイミングですべてが揃ったから、新作をつくってもいいかな、って。

――藤田さんは年間でかなりの作品を手掛けられている印象があるんですが、「新作をつくりたい」と思うモチベーションやきっかけはどんなものでしょう?
僕の中で「新作」と言える作品をつくるのは大変なことだなとおもっていて。この作品はあの続きとか、これはコラボレーションの作品とか、作品の定義は自分の中ですごく細分化されています。だけど、本当に1から100まで自分の言葉でしか書きたくないという作品はそうそうにない。
新作というのは、自分の言葉だけが矢面に立って「自分の意志でしかない」という状態を作り出すものだから、新作の発表はやっぱり慎重になる。
人は「再演」を求め続けている

――定義の話となるとどう位置づけるか難しいところですが、再演される作品もかなりありますよね。
再演も面白いんですよね。「再演」という言葉も演劇的で独特だなとおもって。映画って「再上映」とは言わないじゃないですか。そもそも再上映だから。それでいうと再演なんて初日以降全部再演かもしれないじゃないですか。映画は俳優がその年齢のまま2019年も上映できるけれど、演劇だと3年後に再演として同じキャストでやっても3歳年を重ねている。お客さんもそうですよね。だから厳密には再演ってあり得ない言葉だとおもうんです。
――完全な「再」ではない。
作家がどこに再演という言葉の定義を持つかがひとつの見どころでもありますよね。僕は再演だと結構変えちゃうんですけど。初演と同じ空間をつくることは無理だから。何よりも時代が変わっているし。
不確かな「今」の中に輝く、数年に一度の瞬間を求めている

――いろいろな世界に存在するのかもしれないですね、再演というものは。
今「CITY」のテキストにも書いていますが、人は過去の余韻でしか生きていないのかもしれませんね。95年にサリン事件があって、何年にこの映画が発表されて、とか。過去は揺るぎなく過去であり、事実ですよね。だけど今何が起こっているかは、ちょっと未来になってみないと分からない。「2019年がどういう年だったか」という問いに、2019年を生きている今は答えられないですよね。結局、今は過去にあったことの余韻でしか描けないんです。
「今」って限りなく未来に近いものだから、すごく不確実で弱々しいものだとおもうんですよ。映画やドラマ、写真、絵画というものは過去の何かという確かな事実があります。だから心の支えになるんだろうともおもうけど、演劇は本当に今でしかないから、不確実で不安定なんですよね。そういう意味での誰かの支えにはなりにくいんじゃないかな、手元に置いておけるものでもないし。観終わったら何も残らないんですよ。記録映像として残ったとしても、それはあくまで映像であって、僕がつくった演劇とはまた違う。
消えるしかないというのは美しさでもある一方、たまにすごく虚しくなるんですよね。いくら頑張ってつくっても誰かの心の中にしか残らない。つまり記憶にしか残らないわけだから多くの人は一日に一回も思い出さないであろうことを、ちまちまやっている。でもやっぱり自分の表現の中に、どのジャンルにも負けない強いインパクトを残せたなと感じる瞬間が、年に1回あるかないかで存在する。だから今もそれを追い求めて続けられているんだとおもいます。
「良い作品だね」と人に言われても、正直自分ではあまり実感がないんです。自分の中で「これは良かった」「やっとなにかのためになったな」とおもえる回って本当に数年に一度ぐらいしかなくて、その瞬間しか自分は生きていない感じがするんですよね。でも、その「数年に一度」の瞬間を求めてやっている。
――藤田さんにとっての演劇は、それぐらい良くも悪しくも心を揺さぶるものなのですね。
さっきの「ときどき滝が見える」に話を戻すと、その店主にとってのパーフェクトな時間がきっとあるんだとおもうんですよ。それも、たぶん年がら年中あるわけではなくて、辛いこともある。だけどその中に「良かったな」とおもえる瞬間がきっとある。その状態まで、空間や時間のレベルを高めていきながら、パーフェクトな瞬間が訪れるのを待つ。それはすごくいい営みだなあ、とおもうんです。
「こういう作品を世に出してやった」みたいなことをあまり言えなくて。僕は「演劇を営んでいる」とおもっています。「CITY」だって、僕にとって一番良いとおもえる瞬間はあるかどうかは分からない、……まあ、頑張るけど(笑)、本当にその振り切れた瞬間が訪れる保証はないんですよね。
――毎回必ずあるわけではない。毎回あるとは限らないからこそやるんだろうな、って思いますね。
それを言えば、取材してる人たちだってとても大変じゃないですか? だって意味分かんないですもん!この、取材をするという営み自体が!
――なんでよ!(笑)
なんでって(笑)だけど、たぶん何らか理由があってしているのだろうし、すべての営みがきっとそうなんでしょうね。当人たちにしかわからない、という(笑)

――最後に、ILUCA CARDというものを。心の波紋を感じる16のタグから1つを選んでいただいて、それについて語っていただきたいとおもいます。藤田さんにとって何かピンとくるものはありますか?
やっぱり「旅」かな。僕、観光したいという欲が本当にないんです。年間いろいろな土地に行って、美味しいものを食べに連れて行ってもらったりもするけれど、「明日はダビデ像が見たい」とかないんですよ。観光欲がないことはダメなのかなと悩んだりもしたんですが、ないものはない。
そんな中、この間イタリアに行っているときに、歴史的建造物や美術の何が観たいという意欲は本当にないけれど、歩くのは好きだな、とおもったんですよね。国内でも、普段見ない風景の中を歩く体験は少なからず自分に影響しているなとおもったときに、グッと来ましたね。
365日そこに住んでいるわけじゃないですか。たとえばこの土地では内戦があって、でも昨日来た僕がその内戦の傷を癒やすことなんてできるわけがないじゃないですか。おこがましすぎるというか、そこで生活する人たちと同じレベルで話すことはできないなという後ろめたさがあって僕はずっと言えなかったんです。
でも、この間歩いている最中に「歩いているだけで、自然と影響を受けている」という感覚が、初めてあったんです。そういえば今までも歩いていたな、これが僕の土地との関わり方なのかな、って。マームとジプシーという名前のとおり「旅をする」というのが一つのテーマなんですが、ようやくそれがまた分かってきた、という体験が最近ありましたね。

帰り際、「演劇は好きですか」と尋ねると、エレベーターの前の藤田さんは息をするように自然に「好きですね」と答えた。おもえば藤田さんはインタビュー中、横道にそれることなく終始演劇の話をし続けていた。ときにプレッシャーや虚しさに襲われながら、それでもなおパーフェクトな瞬間を求めて彼は演劇の旅を続けている。彼がこれほどに情熱を傾ける演劇とはどのようなものなのだろうか。私はすぐに「CITY」のチケットを買い求めた。
執筆:吉澤瑠美/撮影:橋本美花/編集:柿内奈緒美
藤田貴大
1985年生まれ。マームとジプシー主宰、劇作家、演出家。2007年にマームとジプシーを旗揚げ。象徴するシーンのリフレインを別の角度から見せる映画的手法が特徴。2011年に三連作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。『cocoon』(今日マチ子原作)の再演(2015)で第23 回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。2018年11月には「フェスティバル・ドートンヌ・ア・パリ(FAP)」公式企画
『CITY』公演情報
■作・演出:藤田貴大
■出演:柳楽優弥 井之脇海 宮沢氷魚 青柳いづみ / 菊池明明 佐々木美奈 石井亮介 尾野島慎太朗 辻本達也 中島広隆 波佐谷聡 船津健太 山本直寛 / 内田健司(さいたま・ネクストシアター) 續木淳平(さいたま・ネクストシアター)
<埼玉公演>
■会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
■日程:2019年5月18日(土)〜26日(日)
■公式サイト:https://www.saf.or.jp/stages/detail/6361
<兵庫公演>
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
■日程:2019年5月29日(水)
<豊橋公演>
■会場:穂の国とよはし芸術劇場 PLAT主ホール
■日程:2019年6月1日(土)〜2日(日)
