Soup Stock Tokyoの創業者であり、ネクタイブランドのgiraffe、セレクトリサイクルショップのPASS THE BATON、ファミリーレストラン100本のスプーン、二階のサンドイッチなどの多彩な事業を展開する株式会社スマイルズの遠山正道社長。多彩で多方面な事業は、それこそ挙げていくとキリがない。出資・インキュベートまでさまざまな事業やサービスを手がけるスマイルズ代表の遠山氏は、アートの新事業として「The Chain Museum」(ザ・チェーン・ミュージアム)を立ち上げるとともに、アーティスト支援アプリ「ArtSticker 」(アートスティッカー)をリリースした。
スマイルズが作家となり、ミュージアムをつくる
——今回、スマイルズ代表の遠山さんはThe Chain Museumを発足されましたが、遠山さんは現代アートのコレクターでアートに対する造形が深いことで知られています。アートの新事業を立ち上げるキッカケはなんだったのでしょうか?
「ビジネスというのは四コマ漫画のように入口と出口が設定されていて、そこには必ずオチがあるものです。しかしアートは、例えばたった一枚の絵ですべての価値がそこに存在しています。私たちは、ビジネスにおいて“そこにある価値とは一体何なのか?”と立ち返り考えました。その価値を探るために、スマイルズ自らが作家になって作品を発表したのが一つのキッカケです」
スマイルズは「作家」として、2015年大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ、2016年瀬戸内国際芸術祭に「作品」を出展している。スマイルズ独自の視点が生んだユニークな作品を通して、遠山さんはアートとビジネスの掛け合わせの面白さを感じたという。
——作品を発表してみていかがでしたか。
「芸術祭では、その期間が終わると多くの作品は撤収して廃棄してしまいます。人件費もかかるわけで、若い作家はもちろん著名な作家でもよほどの資金や資源がなければ赤字になってしまうのが現状。ビジネスは、自立していないと継続できません。2015年の大地の芸術祭が終わった後、ビジネスのように継続できる作品をつくろうと考えました」
そこで生まれたのが2016年瀬戸内国際芸術祭での「檸檬ホテル」という事業体としての作品だった。遠山さんは、スマイルズが培ってきたビジネスのノウハウを生かし、継続を目的として「自立」をテーマに作品づくりを行った。その檸檬ホテルは3年目の現在、黒字経営を保っているという。限定的なものではなく、着実に歩みを進める「作品」。
そして、スマイルズの作家としてのコンテクストは「ビジネス」だと遠山さんは確信する。

photo by Gentaro Ishizuka

スマイルズの作家活動から生まれたユニークピース
——芸術祭を経てThe Chain Museumの構想が徐々に生まれていったと?
「スマイルズの作家としてのコンテクストはやはり“ビジネス”だと、檸檬ホテルをつくり再認識しました。次に何をやろうかと考えたとき、ふと“チェーン店”と“アート”というキーワードが浮かんで。私たちはSoup Stock Tokyoというチェーン店を展開していますが、チェーン店とアートはふつう、相容れないモノでしょう。だからこそ面白いものができる、少なくともアート側からは出てこない発想だろうと直感しました。“The Chain Museum”という言葉から着想したのです」
——はじめは、言葉からだったのですね。
「また、私たちはいくつかの小さな事業を手がけていますが、小さいからこそユニークネスが担保できて、遠くまで響くと実感できます。その経験を踏襲して小さなミュージアムというユニークピースを、芸術祭のように鑑賞者がツーリズムのように巡ることができる場を日常につくりたいと考えました。既存のミュージアムの小型版をやっても意味がないので、むしろそこではできないような“部分特異的”な表現をしていきたいなと」
現在スマイルズの出資するベンチャー事業はいずれも小規模のもの。事業が大きいとリスクばかりで内容がつまらないものになってしまうが、一冊の本を売る書店「森岡書店」や新宿一丁目の「Bar Toilet」など、小さいからこそリスクが少なく、その分思い切ったことができるという。


そして、The Chain Museumをつくるキッカケとしてもう一つ、遠山さんがアートに対して大きく影響を受けたのが、スイスのバーゼルで毎年開催されている世界最大のアートフェア「アート・バーゼルバーゼル」だ。
「一昨年、バーゼルへ行ったとき、高額なアートを目の前にして一種の疎外感を感じました。その直後に、ロンドンに住む娘と会って話したときに「なぜアートをコレクションするの?」と何度も聞かれて。その問いに向き合っていくうちに「実は、コレクションよりも自分でつくりたくなってきた」と話したんです。すると娘は「ああ、それならわかる」って。そういうやりとりがあって、帰国して、The Chain Museumの構想を具体的にイメージしていきました」
——そうしてPARTYと共同で運営をすることに?
「去年のバレンタインデーに、PARTY代表・伊藤直樹にThe Chain Museumをやりたいと話して。スマホを持って巡るミュージアムのイメージを具体化していきました。レストランで最後はふたりで握手して写真を撮りましたね(笑)」
ツーリズムのようにアートをたのしむミュージアム
——The Chain Museumの具体的な内容をお聞かせいただけますか。
「The Chain Museumの一つ、佐賀県の唐津市では須田悦弘さんの「雑草」と名付けられた作品を巡ることができます。自然電力のグループが自治体や地域の金融機関との連携の元、開発から完工まで手がけた「唐津市湊風力発電所」があるのですが、この風力発電所の風車の上の小さなナットに作品が生えていて、眼下には唐津湾が広がっています。ふだんは見ることができないのですが、「見えないものを、目を凝らして見ようとする」ことそのものが作品なのです。このような風車の上の作品は、既存の美術館ではできないことですね」

須田氏による金色の「雑草」が、唐津市内の市役所本庁舎やカフェなど5箇所に点在している。(唐津市湊風力発電所の作品は年に一度の公開予定)。作品はアプリ「ArtSticker」の位置情報機能によって実際に見つけていき、地域をツーリズムとしてたのしみながらアートを巡ることができる。

世界規模のアートフェアやセカンダリーオークションなどで取引される高額な作品だけがアートではない。またミュージアムも、決して施設という限られた空間だけではない。芸術祭へ作品を出展し、稀有な存在の店舗を手がけてきたスマイルズのビジネス感覚が、The Chain Museumの根底にあり、アートの概念をポジティブに変えてくれる。
「ArtSticker」という小さくて大きな革命
株式会社The Chain Museumが開発した、スマホアプリ「ArtSticker」。国内外問わず、さまざまなジャンルのアートワークを掲載し、ユーザーは好きな作品に金額に応じたスティッカーを送ったり、コメントやレビューをしたりとアーティストを直接・気軽にサポートできる。ArtStickerは、だれでも簡単にアートを支援できる仕組みだ。

“アートは権威の象徴であり、一部の富裕層の所有する限定されたものだった。しかし、現代は決してそうではない。スマホアプリを用いて、だれもが自由にアートを支えることができるのだ。”
—— ArtStickerはなぜ、生まれたのでしょう?
「ArtStickerは、いわば「現代のマイクロパトロネージュ」。投資目的のアートではなく、個人が愛をもって作品を支援する小さなパトロンであると考えます。いきなり50万円の作品を買うことは敷居が高いけれど、まずは300円で、好きな作品にスティッカーを送る。私たちは「贈与」を、売買、入場料に次ぐ第三のお金の流れとしてつくりたいと考えています。長らく社会はあらゆるものに対価を求める交換経済で成り立ってきましたが、これからは自然が与えてくれる恵みのように、対価を求めない贈与経済の時代になっていくでしょう。巡り巡って、お互いが支え合う。ArtStickerは、鑑賞者のアートに対する敷居を下げ、少額の支援や他者との共感を通して、アートへの優しい入り口になってほしいと思います」


——ArtStickerはこれからどのように広がっていくのでしょう?
「ArtStickerをローンチ後、「Media Ambition Tokyo 2019」・「3331 ART FAIR 2019」・東京藝術大学大学美術館の展示においてArtStickerを多くの方に体験していただきました。そこで感じたのが、アーティストやギャラリストから非常に期待していただいているということ。アーティスト自ら、ArtStickerを活用しよう、広めようと声を上げてくれています」
——ArtStickerがそれだけ発展的であるということですね。
「ArtStickerは、かなりいいアーカイブになると思います。作品ごとの詳細がアプリの中でまとまっているものは、ありそうでなかった。ArtStickerに登録される作品は順次加わっていくので、1年後には作品をより充実させることができるでしょう。『日曜の午後に聴きたい曲』のように、おすすめの作品をキュレーションし提案していくこともこれからやっていきたいですね」
今年の6月、京都にTheatre E9 Kyoto*というミニシアターが新たに誕生する。コンテンポラリーダンスや演劇をたのしむ場でもArtStickerは活躍するという。
「来場者には、席に着くとArtStickerをダウンロードしてもらいます。そして観劇が終わったら、このアプリを使ってアンケートを取るんです。アプリ内で他の人がどのような感想を書いているかもわかるし、紙ではカンパニーとシアターとで共有ができなかったことも、これからは情報をデジタルにアーカイブ化できます。そしてArtStickerを使って、鑑賞者がそのシアターや作品にスティッカーを送ることで支援ができていけばいいですね」
*6/22(土)こけら落とし https://askyoto.or.jp/e9

アートのあり方が、これからの時代に大切な感覚を与えてくれる。
——遠山さんにとってアートという存在は一体どういうものなのでしょうか?
「ビジネスにおいて、昭和・平成はマーケットの時代でしたが、これからはもっと個人単位で細分化された、一人ひとりのプロジェクトが積み重なってできていくと思います。広域のマーケットの調査というよりは、個人にとっての必然性や興味、感情が切り口になる。好きなことや情熱、辛く耐えることもビジネスになるような、ユニークな時代だと感じています。私にはビジネスという存在がある。アートは、ビジネスをより面白くドライブさせてくれるもの。だからこそ社会経済においてアートのあり方は参考になります。人がアートと向き合ったとき、何を感じ、何を社会に問うのか? 自分自身の考えや求めていることは、全てではないけれども、世の中の多くの人たちにも通じることではないでしょうか」
——一般的に、アートが難しいと感じる人も多くいるのではないかと思いますが。
「日本人はおおよそ、その分野の知識がないと躊躇してしまう気質があります。だから、『アートのことはよくわからない……』と謙遜する方がいますが、アートはもっと身近で自由であっていいはずです。興味があるな、知りたいなと思えればそれでいい。アートの世界で日本はグローバルサーキットからおいていかれていると言われていますが、実は日本のように恒常的に美術館に人が集まり、美術鑑賞に興味をもっている国は珍しい。江戸時代から、文化的に芸術が一般に浸透しているのだと思います」
遠山さんは、アートを無理に好きになろうとしなくてもいいという。それでもアートという存在は、個人にとっても社会においても大きな価値を包括している。時代が移り変わっていく中、アーティストが無数の作品を世に残し変革していった歴史は、昔も今も人々がアートを求めていることに他ならない。私たちにアートが投げかけてくる普遍的な問い。しかし難しく考えず、アートを身近に触れてみよう。「The Chain Museum/ArtSticker」というユニークピースは、私たちに新たなアートのたのしさ、面白さを通じてさまざまな価値を教えてくれるだろう。

ILUCA magazineでは、心の波紋をキーワードにILUCAカードを選んでいただきます。遠山さんが選ばれたのは、「建築」。
「私は長年、同じ建物に住んでいるんですが、どうやら建築が好きなんだと。朝、出社するときに白い階段を降りていると、朝日が差し込んでとても美しい。一日の始まりが豊かな気持ちになります。生活の営みと重なり合う建築こそ総合芸術と呼べるものではないだろうかと思うのです。建築と交わる喜びが、子どもの頃の記憶や、ともに暮らす家族とリンクしています。また自分の生活や仕事に『建築』を掛け算してみると、さまざまな発意や、何かを生み出すアイデアなど、建築に含まれる要素が多いのです。何かを生み出す前触れとして、自分の中の引き出しを気づかせてくれる。建築物そのものというよりも、建築を通して私自身のことを知り、ビジネスがどう生み出されるかを思考する。そのいい壁打ち相手というべき存在が、私にとっての建築です」
執筆:林真世/撮影:林ユバ(クレジットがあるものを除く)/編集:柿内奈緒美

遠山正道
日本の実業家。2000年、株式会社スマイルズを設立。代表取締役社長に就任。現在、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ネクタイ専門店「giraffe」等を展開するとともに、1冊1室の「森岡書店」等への出資も行う。スマイルズが作家として「大地の芸術祭 越後妻有 アートトリエンナーレ2015」や「瀬戸内国際芸術祭2016」では檸檬ホテルを出品している。昨年、クリエイティブ集団「PARTY」とともに「The Chain Museum」を設立。http://www.t-c-m.art
